山頂部の所有
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/17 10:44 UTC 版)
先述のように江戸幕府は1779年(安永8年)に富士山八合目より上は富士山本宮浅間大社のものとした。明治時代になり寺社の土地は国有化されたものの、第二次大戦後にこれらの土地は返還されることになったが、富士山八合目以上は公益性が高い土地であるとして国有地のままになった。しかし、富士山本宮浅間大社は富士山信仰のために富士山八合目以上の土地も返還するよう国を提訴した。 国と富士山本宮浅間大社の訴訟は17年間にわたったが、1974年(昭和49年)に最高裁判所は富士山本宮浅間大社の主張をほぼ認める判決を出した(ただし判決で国にとって必要な一部の土地は除外された)。
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