山崎靖彦とは? わかりやすく解説

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山崎靖彦

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/02/23 14:00 UTC 版)

山崎 靖彦(やまざき やすひこ、1931年5月7日[1] - 没年不詳)は、日本ラグビー選手。主なポジションはフランカー(FL)[1]

来歴

1950年福岡県中学修猷館を卒業[2]早稲田大学へ進学し、ラグビー部に入部[1]

1954年早稲田大学を卒業後、八幡製鐵(現・日本製鉄)に入社し、ラグビー部に入部[1]。1955年1月6日、1954年度全国社会人ラグビーフットボール大会の決勝に出場し、大映を破って優勝[3]。更に、翌年1956年1月6日、1955年度の大会も決勝に出場し、近鉄を破って優勝し連覇をもたらした[4]

1959年1月8日、1958年度全国社会人ラグビーフットボール大会の決勝に出場し、近鉄を破って優勝[5]。更に、翌年1960年1月8日、1959年度の大会も決勝に出場(主将)し近鉄を破って優勝[6]。その翌年1961年1月8日、1960年度の大会も決勝に出場し近鉄を破って優勝し、3連覇をもたらした[7]

ラグビー日本代表にも選出され、1956年3月4日、平和台ラグビー場で開催された、豪州学生選抜第2回来日第3戦に出場した[8]。キャップ1[1]

脚注

  1. ^ a b c d e 日本ラグビーフットボール協会デジタルミュージアム キャッププレーヤー選手プロフィール
  2. ^ 『修猷館同窓会名簿 修猷館235年記念』(修猷館同窓会、2020年)同窓会員86頁
  3. ^ 日本ラグビーフットボール協会デジタルミュージアム 昭和29年(1954)度第7回社会人大会決勝
  4. ^ 日本ラグビーフットボール協会デジタルミュージアム 昭和30年(1955)度第8回社会人大会決勝
  5. ^ 日本ラグビーフットボール協会デジタルミュージアム 昭和33年(1958)度第11回社会人大会決勝
  6. ^ 日本ラグビーフットボール協会デジタルミュージアム 昭和34年(1959)度第12回社会人大会決勝
  7. ^ 日本ラグビーフットボール協会デジタルミュージアム 昭和35年(1960)度第13回社会人大会決勝
  8. ^ 日本ラグビーフットボール協会デジタルミュージアム テストNo.12 豪州学生選抜第2回来日第3戦



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