宮原幸三郎 (1863年生)とは? わかりやすく解説

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宮原幸三郎 (1863年生)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/06/28 14:18 UTC 版)

宮原 幸三郎(みやはら こうざぶろう[1]1863年1月20日文久2年12月1日[2])- 1934年昭和9年)8月31日[1][3][4])は、明治から昭和前期の実業家政治家衆議院議員(3期)[1]広島県会議長[1]

経歴

安芸国安芸郡荘山田村[5]広島県安芸郡荘山田村を経て現呉市)で先代宮原幸三郎の長男として生まれる[6]。生家は代々農業を営む[5]

1881年(明治14年)駅逓局4等郵便取扱役となり、1886年(明治19年)逓信省3等郵便局長(呉郵便局長)に就任し1897年(明治30年)まで在任した[5]。その他、呉貯蓄銀行取締役、呉馬車鉄道専務取締役、呉起業銀行専務取締役、中国電気専務取締役、呉瓦斯専務取締役、博愛汽船社長などを務めた[3][4]

政界では1895年(明治28年)[5]、荘山田村会議員に当選[5]。さらに、広島県会議員、同参事会員、同議長、同郡部会議長、安芸郡会議員、呉市会議員、同参事会員、同議長、所得調査委員、土地賃貸価格調査委員、宅地価修正委員などを務めた[3][4]

1898年(明治31年)8月の第6回衆議院議員総選挙で広島県第1区から出馬して当選し[5]、以後、第12回総選挙(1915年3月)、第16回総選挙(1928年2月)でも再選され、衆議院議員に通算3期在任した[3][4]憲政本党[5]立憲民政党[1][6]に所属した。この間、1912年(大正元年)から1916年(大正4年)まで頼母子講2万余円を使い込んだ業務上横領詐欺事件で1918年(大正6年)4月11日、広島控訴院から懲役2年の実刑判決[7]。これにより勲四等及び大礼記念章を褫奪された[8]

人物

住所は呉、胡町[6]

家族

宮原家
  • 父・幸三郎[6]
  • 妻・エツ1866年 - ?、広島、本荘徳太郎の長女)[6]
  • 長男・幸三郎1890年 - 1966年、旧名・顕三[6]、内務官僚、衆議院議員)[9]
  • 四男(広島、本荘徳太郎の養子となる)[6]
  • [6]

脚注

  1. ^ a b c d e 『議会制度七十年史 第11』492頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2021年2月10日閲覧。
  2. ^ 衆議院『第五十五回帝国議会衆議院議員名簿』〈衆議院公報附録〉、1928年、26頁。
  3. ^ a b c d 『日本人名大事典』第6巻、140頁。
  4. ^ a b c d 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』632頁。
  5. ^ a b c d e f g 『衆議院議員列伝』517頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2021年2月10日閲覧。
  6. ^ a b c d e f g h 『人事興信録 第8版』ミ101頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2021年2月10日閲覧。
  7. ^ 元代議士懲役 宮原幸三郎他一人詐欺」『新世界』1918年4月21日、4面。2024年2月26日閲覧。
  8. ^ 官報 1919年3月11日 一六六頁
  9. ^ 『広島県大百科事典 下』629頁。

参考文献

  • 山崎謙編『衆議院議員列伝』衆議院議員列伝発行所、1901年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第8版』人事興信所、1928年。
  • 衆議院、議院編『議会制度七十年史 第11』大蔵省印刷局、1962年。
  • 『日本人名大事典』第6巻、平凡社、1979年(『新撰大人名辞典』(昭和13年刊)の改題複製)。
  • 『広島県大百科事典 下』中国新聞社、1982年。
  • 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。



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