大築島とは? わかりやすく解説

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大築島

読み方:オオツクシマ(ootsukushima)

八代海無人島

所在 熊本県八代市大築島植柳下町

別名 檳榔島(ビロウジマ、ビンロウジマ)、築島(ツクシマ)

位置・形状 八代市西方海上6km。厚さ500m~600mの古生代ペルム紀(二畳紀)の結晶質粒状石灰岩からなる

島嶼名辞典では1991年10月時点の情報を掲載しています。

大築島

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/06/25 13:54 UTC 版)

大築島

大築島の空中写真。
2009年5月10日撮影。国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成
所在地 日本
所在海域 八代海
座標 北緯32度29分7.34秒 東経130度29分54.88秒 / 北緯32.4853722度 東経130.4985778度 / 32.4853722; 130.4985778座標: 北緯32度29分7.34秒 東経130度29分54.88秒 / 北緯32.4853722度 東経130.4985778度 / 32.4853722; 130.4985778
面積 0.41 km²
最高標高 77 m
プロジェクト 地形
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大築島(おおつくしま)とは、熊本県八代市にある無人島である。以前は人が住んでいたが現在は無人化し、人の立ち入りが禁止されている。

概要

島全体が石灰岩でできていたことから、明治時代より石灰石の採掘(露天掘り)がおこなわれた。

かつては標高約100mの高さがあったが、島全体が海面近くまで掘りつくされ、1995年に採掘が終了した。

現在は土砂処分場となっている。

歴史

1889年、日本セメント(現・太平洋セメント)八代工場の原料鉱山として採掘が開始される。

昭和時代までは集落や学校なども存在し、約50世帯・250人ほどが生活していた。

1961年、集落があった場所も削ることになったため、住人は八代市に移住。無人島となり、従業員は八代市から通勤することになった。

1995年、島全体がほぼ海面近くまで削られ、採掘が終了。

石灰石の採掘が終了した後は「大築島土砂処分場」として、八代港を浚渫した際に出た土砂の処分場となり、島の北側が護岸され大規模に埋め立てられた。

2022年現在、島の南側も処分場とすべく、大規模な護岸工事が行われており、立ち入り禁止となっている。

物語の舞台

  • 小説「白い島」島一春著

参考文献

  • 『日本の島ガイド SHIMADAS(シマダス)』第2版、2004年7月、財団法人日本離島センター、ISBN 4931230229


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