台湾総督府図書館とは? わかりやすく解説

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台湾総督府図書館

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/21 14:19 UTC 版)

台湾総督府図書館
閲覧室

台湾総督府図書館(たいわんそうとくふとしょかん、旧字体臺灣總督府圖書館繁体字中国語: 台灣總督府圖書館)は、日本統治時代の台湾における唯一の官立(国立)図書館であった[1]:39。これは当時の台湾において、全土に図書館事業を発展させる重要な役割を果たした[1]:50

この図書館の建物はもともと台湾文庫として使用されていたが、台湾文庫は1906年8月16日に閉館した。蔵書は東洋協会台湾支部の管理で保管された。1912年、台湾総督府は図書館設置を建議し、蔵書の引き取りを決めた[1]:39。台湾総督府は1914年4月13日に「台湾総督府図書館官制」を公布し[1]:40、同年8月6日に主任館長として隈本繁吉が就任した[1]:41。台湾総督府図書館は1915年8月9日に正式オープンした[1]:50

日本統治時代、台湾総督府図書館には歴代で5名の館長が就任した。第二次世界大戦期間、図書館は台北大空襲等により攻撃を受けたが、山中樵館長の努力の下、19万余冊の蔵書が他の施設に避難された。蔵書は主に大崎脚、大龍峒保安宮、龍山国民学校、中和庄南勢角簡大厝の4か所に分散して保管された。児童室にあった一部の書籍や発禁扱い図書の約7万余冊は戦火により焼失した[1]:81。第二次世界大戦後、山中樵館長の手配により、台湾省行政長官公署図書館として運営を再開。後任の范寿康館長や呉克剛館長の下で発展した[1]:81、82。現在は国立台湾図書館として開館している。

歴任館長

台湾総督府図書館では、5名の日本人が館長として就任した。ただし4代目館長の若槻道隆は代理であり、数か月のみの在任であった。歴代館長の一覧は、以下の通り[1]:51

姓名 出身地 任期 備註
隈本繁吉 日本福岡県 1915年8月6日 – 1916年5月16日 元台湾総督府学務部長[2]
太田為三郎 日本、東京府 1916年5月16日 – 1921年7月8日
並河直広 日本、京都府 1921年7月8日 – 1927年7月9日 在任中に死去[3]
若槻道隆 日本、長野県 1927年7月9日 – 1927年9月7日 代理館長
山中樵 日本、福井県 1927年9月7日1945年8月15日 1927年8月30日任命[1]:70

参考文献

  1. ^ a b c d e f g h i j 張圍東 (2006-1). (國立編譯館主編). ed. 《走進日治臺灣時代——總督府圖書館》. 臺北市: 台灣古籍出版有限公司. ISBN 986-7332-47-4 
  2. ^ 1910 年代台湾における中学校設立運動再考駒込武、京都大学、教育史フォーラム第8号
  3. ^ 曾堃賢 (1987-04). “日據時期(1895-1945)臺灣區公共圖書館事業之研究(續)”. 教育資料與圖書館學 24 (3): 288. http://joemls.dils.tku.edu.tw/ebooks/24/24-3/web/243_opf_files/WebSearch/page0086.html. 



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