原作者探し
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/01/12 18:27 UTC 版)
長崎の病院の入院患者がこの歌を上手に歌っていたことから、原作者ではないか、と噂になり、当人が「曲と歌を書いておいた手帳を落としてしまい、その手帳を誰かが拾って皆に歌われるようになった」と説明したことが日本テレビで紹介された。 これを知った長屋操は、戦後になって本当の原作者を探し歩き、伊勢松阪で逵原実元軍曹を訪ねあてて作詞の経緯を確認した後、作曲家を探すことにした。長屋は、「曲は暗さが先に立つため、東北出身ではないか」という当て推量で東北各地を探し歩き、探し始めてから8-9年目にセレタ軍港に駐屯していた海軍軍楽隊員のうち、作曲の任にあたった松井孝造という秋田県横手町の元一等兵曹を探し出した。
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