北条貞時寄進状
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/03 06:09 UTC 版)
『北条貞時寄進状』では頼朝が上洛した時にある貴い人のお守りとして髭切を進上しその後ある霊社に奉斎されていたが、後に鎌倉幕府重鎮の安達泰盛が探し出して所持していた。泰盛が霜月騒動で滅亡すると執権北条貞時の手に渡り貞時は「赤地の錦袋」に包んで法華堂に奉納した、と書かれている。
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