円通寺 (大府市)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/08/16 09:25 UTC 版)
円通寺 | |
---|---|
![]() |
|
所在地 | 愛知県大府市共和町小仏67 |
位置 | 北緯35度02分46.0秒 東経136度56分15.4秒 / 北緯35.046111度 東経136.937611度座標: 北緯35度02分46.0秒 東経136度56分15.4秒 / 北緯35.046111度 東経136.937611度 |
山号 | 瑞木山 |
宗派 | 曹洞宗 |
本尊 | 馬頭観世音菩薩 |
創建年 | (伝)天平元年(729年) |
開基 | (伝)行基 |
正式名 | 瑞木山 円通寺 |
札所等 | 知多四国霊場88番 知多西国三十三所霊場25番 知多百観音札所2番 尾州大府二十四ヶ寺14番[1] |
文化財 | 木造毘沙門天立像(県指定)ほか |
法人番号 | 8180005012057 |
円通寺(えんつうじ、圓通寺)は、愛知県大府市共和町にある曹洞宗の寺院。
山号は瑞木山。本尊は馬頭観世音菩薩。名古屋市の春江院と本末関係にある[2]。知多四国霊場88番札所(満願霊場)、知多西国三十三所霊場25番札所、知多百観音札所2番札所、尾州大府二十四ヶ寺14番札所。大府市最古の寺院とされる[3][4]。
歴史
創建
『円通寺縁起』によれば、天平元年(729年)、行基がこの地で馬頭観音の尊像を彫り、七堂伽藍を築いて本尊を安置したという(創建)[5]。霊木を用いたことから山号は瑞木山とし、寺号を円通寺とした[5]。
中世
平安時代中期に東国で承平天慶の乱(平将門の乱)が起こると、東征する兵が円通寺に火を放って僧を殺し、円通寺は七堂伽藍を失って荒廃した[5]。
嘉暦2年(1327年)には別当の長眞によって再建されたが、建武2年(1336年)に建武の乱が起こると、再び兵火で焼失して荒廃した[5]。貞和4年(1348年)、臨済宗の高僧である夢窓国師がこの地に上陸すると、尊像を安置して厨庫を建て、臨済宗の道場として再興した(中興)[5]。
近世
文禄2年(1593年)、曹洞宗の秀繁和尚を招いて住持とし、臨済宗から曹洞宗に転向するとともに、大高にある春江院の末寺となった[5]。現在に至るまで、法相宗から真言宗、臨済宗、曹洞宗と3度の宗旨の変更がなされている[5]。
境内

- 本堂
- 観音堂
- 庫裏
- 鐘楼
-
梵鐘
文化財
愛知県指定有形文化財
大府市指定文化財
- 馬頭観世音菩薩立像 - 平安時代の作[7]。1967年(昭和42年)8月18日指定。
- 子安准胝観世音菩薩立像 - 平安時代の作[8]。1981年(昭和56年)6月9日指定。
- 不動明王立像 - 南北朝時代の作[9]。1981年(昭和56年)6月9日指定。
- 青銅鋳造鰐口 - 永正10年(1513年)鋳造[9]。1981年(昭和56年)6月9日指定。
御詠歌
- 「慈悲深き 大師の恵み 有難や 今日木之山に 法の花咲く」
現地情報
- 所在地
- 交通アクセス
脚注
- ^ “瑞木山 円通寺”. 愛知札所めぐり. 2014年3月30日閲覧。
- ^ 大府市誌編さん刊行委員会『大府市誌』大府市、1986年、p.769
- ^ 圓通寺 曹洞宗ナビ
- ^ 円通寺 大府市観光協会
- ^ a b c d e f g 大府市誌編さん刊行委員会『大府市誌 資料編 宗教』大府市、1989年、pp.296-297
- ^ 大府市誌編さん刊行委員会『大府市誌 資料編 宗教』大府市、1989年、p.2
- ^ 大府市誌編さん刊行委員会『大府市誌 資料編 宗教』大府市、1989年、p.5
- ^ 大府市誌編さん刊行委員会『大府市誌 資料編 宗教』大府市、1989年、p.7
- ^ a b 大府市誌編さん刊行委員会『大府市誌 資料編 宗教』大府市、1989年、p.8
参考文献
- 大府市誌編さん刊行委員会『大府市誌 資料編 宗教』大府市、1989年
関連項目
外部リンク
- 円通寺 (大府市)のページへのリンク