八尾恵の証言
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/12 20:57 UTC 版)
八尾恵の証言によると、1983年1月頃、平壌市内の「よど号グループ」の拠点で、八尾はグループのリーダーだった田宮高麿(1989年死亡)から「ロンドンで日本革命の中核となる人を発掘、獲得してほしい。男性ばかりでなく、女性も。25歳くらいまでの若い女性がいい」と指示され、有本恵子を拉致することとした。彼女をデンマークのコペンハーゲンで魚本公博に引き合わせ、魚本が北朝鮮へ連れ出したという。また、田宮の妻森順子と若林盛亮の妻若林佐喜子がヨーロッパで男性2人を獲得したという話を聞いたといい、「有本さんは、彼らと結婚させるための拉致だったと思う」とも証言した。
※この「八尾恵の証言」の解説は、「有本恵子」の解説の一部です。
「八尾恵の証言」を含む「有本恵子」の記事については、「有本恵子」の概要を参照ください。
- 八尾恵の証言のページへのリンク