佐野屋喜兵衛とは? わかりやすく解説

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佐野屋喜兵衛

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/23 07:51 UTC 版)

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佐野屋 喜兵衛(さのや きへえ、生没年不詳)は江戸時代から明治時代にかけての江戸地本問屋

来歴

喜鶴堂、佐野喜と号す。奥村氏。享保[1] から慶応明治年間に日本橋平松町、芝神明前三島町角五郎兵衛店、長兵衛店で営業している。江戸地本草紙問屋元組29名のひとり。錦絵草双紙類を中心に千代紙・絵半切などを出版した江戸後期に幅広く活動した版元であった。刊行年未詳の『長雄江戸往来』に太保堂とある。西村重長鈴木春信らの絵本菊川英山歌川広重歌川国芳渓斎英泉2代目歌川広重2代目歌川国貞らの錦絵などを出版している。

作品

  • 『金沢江戸道中案内』 享保2年(1717年)
  • 西村重長 『絵本江戸土産』 絵本 宝暦3年(1753年)
  • 鈴木春信 『絵本続江戸土産』 絵本 明和5年(1768年)
  • 菊川英山 『青楼名君花合』 大判 錦絵揃物 文化5年(1808年)
  • 渓斎英泉 『浮世美人十二ヶ月』
  • 渓斎英泉『今様美人競』 大判 錦絵揃物 文政中期
  • 歌川広重 『江戸名所』
  • 歌川広重『花鳥』 短冊判
  • 歌川広重『富士川上流の雪景』
  • 歌川広重『不二三十六景』
  • 歌川広重『東都名所』横大判数十枚あり 錦絵揃物 天保‐嘉永
  • 歌川広重『江戸近郊八景之内』横大判 錦絵揃物 天保8年(1837年)ころ
  • 歌川広重『東海道五十三次之内(狂歌入東海道)』 中判56枚揃 錦絵 天保11年(1840年)ころ ※『東海道つつき絵』、『五十三 次風景写真』とも記される。
  • 歌川広重 『富士川上流の雪景』 大判上下2枚継 錦絵 天保13年(1842年)ころ
  • 歌川国芳 『駒形の朝霧』
  • 2代目歌川広重 『新吉原仲の町』
  • 2代目歌川国貞 『西国奇談』 合巻 二世為永春水作 安政3年(1856年)‐明治8年(1875年)

脚注

  1. ^ 『浮世絵の基礎知識』は宝暦からとする。

参考文献




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