伊藤徳三とは? わかりやすく解説

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伊藤徳三

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/08/20 00:25 UTC 版)

伊藤 徳三(いとう とくぞう、1853年7月7日嘉永6年6月2日[1])- 1921年大正10年)4月26日[2])は、日本の弁護士政治家衆議院議員(1期)。幼名・豊三郎[1]

経歴

尾張国愛知郡名古屋村(現愛知県名古屋市[1][注釈 1]で、尾張藩士・伊藤東四郎の息子として生まれた[1]漢学を学ぶ。司法省出仕を経て、代言人となり、大阪弁護士会長、大阪市会議員、大阪府会議員、大阪築港委員、所得税調査委員、破産管財人、第五回内国勧業博覧会評議員となる[2]

1898年8月の第6回衆議院議員総選挙において大阪2区から憲政党公認で立候補して当選する[3]。衆議院議員を1期務め、1902年第7回衆議院議員総選挙では大阪市から出馬したが31票差の次点で落選[4]。1921年に死去した。

親族

脚注

注釈

  1. ^ 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』46頁では大阪府。

出典

  1. ^ a b c d 『近畿名士偉行伝 第2編』1-2頁。
  2. ^ a b 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』46頁。
  3. ^ 『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』32頁。
  4. ^ 『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』37頁。
  5. ^ 伊藤正雄『引かれ者の小唄 : 続・ごまめの歯ぎしり』春秋社、239頁。

参考文献

  • 木村銀次郎 (吟城) 編『近畿名士偉行伝 第2編』光世館、1893-1894年。
  • 日本国政調査会編『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』国政出版室、1977年。
  • 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。



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