両角幸寛とは? わかりやすく解説

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両角幸寛

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/07/31 09:20 UTC 版)

両角 幸寛(もろずみ ゆきひろ、1969年 - )は、日本の実業家。メトロ製菓株式会社代表取締役社長、株式会社ロイスダール代表取締役社長[1][2]

人物・経歴

1969年生まれ。立教大学卒業後、富士銀行(現・みずほ銀行)に入行[1]

その後、為替ディーラーを務め、シンガポールでの海外勤務などを経験[1]

夫人の実家が営むメトロ製菓株式会社の経営を立て直すため、銀行マンから転職することを決め、2005年に同社に入社[1]。入社した時、まず最初に粉を練る作業やチョコレートを攪拌するといった菓子の製造工程での修行を進めた[2]

2011年(平成23年)、4代目としてメトロ製菓及び関連会社である株式会社ロイスダールの代表取締役社長に就任[1][2]

メトロ製菓は、1923年(大正12年)に東京池袋で創業したサンライズ製菓が前身で、1951年(昭和26年)に現在の名称に変更し、2023年で創業100周年を迎えた老舗企業である。創業者で初代の大浦半左衛門は、1898年(明治31年)に米国へ渡り、西海岸で25年間修行して洋菓子の製造方法を習得して、帰国後にサンライズ製菓を始めた。1931年(昭和6年)には、日本初のチョコレートバーの生産を開始し、宮内庁へもチョコレートを納品し、1941年(昭和16年)には秩父宮から賞詞を賜ったとされる。1944年(昭和19年)には戦災によって製造を一時中断するが、戦後は主にチョコレート製造の専用メーカーとして成長し、多くのメーカーや小売にチョコレートのOEM共有を行ってきた[1][2]

1972年(昭和47年)には自社ブランドのロイスダールを開始させ、製造をメトロ製菓が行い、販売をロイスダールが担う体制となっている[2]

主軸であるロイスダールは洋菓子の分類の中で大きくは贈答用の洋菓子となり、クラシカルなブランドとして確立されているが、百貨店業界の市場規模が小売全体の3%程度と言われる中、それだけでは売上が減少していく実態であることから、経営者として雇用を守り企業を存続するため、他のブランドによる別販路での展開を進めている。中でも、アンジェリーナフォションなどのフランスの菓子ライセンスを保有し、贈答用ではなく現在の百貨店の菓子ショーケースで広がりを見せるデイリーユースの自家消費市場の開拓を行っている[2][3][4]。また、近年では北欧菓子ブランドのFika(フィーカ)や国産フルーツに特化したPOMOLOGY(ポモロジー)などのブランドも展開している[2]

脚注

出典




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