上野隆紘とは? わかりやすく解説

上野隆紘

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/10/05 14:44 UTC 版)

上野 隆紘(うえの たかひろ、1941年昭和16年〉12月18日 - )は、日本のアナウンサー。元中国放送(RCC)アナウンサー。忠犬ハチ公の飼い主である上野英三郎の親戚にあたる。血液型A型

略歴

三重県津市(旧:久居市)出身。日本大学芸術学部放送学科卒。ラジオ三重(かつて存在した三重県の放送局。現在の東海ラジオ放送の前身)で局アナを務めた後、1965年中国放送(当時はラジオ中国)に入社[1]。現場にこだわり約30年間にわたって広島市民球場から広島東洋カープの模様をラジオテレビの視聴者に届けた[1]。ラジオ・テレビの実況の回数はRCC最多記録であり、1975年、カープが初優勝した時のラジオ実況も務めた。広島市民球場は昔はグラウンドの水はけが悪く、大雨の日に実況席の入口まで浸水することもあり、解説を務めたカープ初代監督・石本秀一をおんぶして浸水してないところまで運んだこともある[1]。広島県人にとってはダミ声でお馴染みだった。

代表的な担当番組として、「なんでもジョッキー」、また「三度のメシより上野隆紘」があり、後者は歴代のRCCのラジオ番組最多のリスナーを抱える番組になった。この記録は2011年1月現在更新されていない。

2003年4月からは、平成ラヂオバラエティごぜん様さまにてパーソナリティを務めた。2010年4月からは月・火は勝さやか、水曜は世良洋子元アナと出演していた。2012年3月をもって“卒業”した[2]

2012年7月5日のごぜん様に電話で出演し、現在は千葉県千葉市在住であるという[3]

人物・エピソード

  • トレードマークはテレビ出演を機会に伸ばし始めたヒゲとバンダナ。史跡探訪とお酒を愛する。
  • 現在のようにワイドショー色が強くなく、地方ロケ中継が番組の柱であった最初期の「アッコにおまかせ!」にレポーターとして出演したことがある。

担当番組

ラジオ

テレビ

脚注

  1. ^ a b c 仁井慎治 (2008年1月5日). “市民球場があったから(3) アナと記者 実況に四季織り込む”. 読売新聞広島版: p. 31 
  2. ^ 2012年RCCラジオ春の番組情報
  3. ^ ごぜん様ブログ 2012年7月5日更新
  4. ^ NHK<ウィークリーステラ1998年6月12日号 全国アナウンサー/キャスター名鑑




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