三好八次郞
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/06/02 01:48 UTC 版)
三好 八次郞[1](みよし はちじろう、1834年〈天保5年〉[2] - 没年不明)は、日本の政治家、名望家[3]、鳥取県の大地主[注 1]。鳥取県西伯郡米子町長[5][6]。島根県会議員[5]。族籍は鳥取県平民[2]。
人物
鳥取県西伯郡米子町道笑町(現在の米子市)の人[4]。1892年5月3日に米子町長に就任し、同年12月26日に辞任する[6]。
米子町政
- 1892年(明治25年)
- 5月3日 - 三好が米子町長に就任する[6]。
- 6月 - 米子町手数料額を定める[6]。証明手数料1件3銭とする[6]。米子町消防組規則を設け、甲乙2組とし各組21人を以って組織し9月1日より実施する[6]。学務委員6名を設置し内4名は公民中選挙権を有するもの2名は尋常小学校男教員中より任用する[6]。
- 7月 - 町立小学校修業年限を4ヶ年と定める[6]。米子町徴収督促条例を設け、督促1回に付2銭同2回に付3銭とし、他町村は1里毎に3銭とする[6]。新法勝寺町、新博労町両大字を1区域とし明道尋常小学校分教室を新法勝寺町に設立する[6]。但し修業年限は3ヶ年とする[6]。明道幼稚園を廃止する[6]。
- 8月 - 米子町会議員選挙人等級を2級に改める[6]。町会議員就職期を10月1日とし、満期を9月30日とする[6]。学務委員実費弁償額を1日金20銭とする[6]。
- 12月26日 - 三好が米子町長を辞任する[6]。
家族・親族
- 三好家
- 親戚
脚注
注釈
出典
- ^ 『大日本紳士鑑』鳥取県会見郡777頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2025年2月28日閲覧。
- ^ a b 『帝国議会議員選挙者名鑑』54頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2025年2月21日閲覧。
- ^ 『帝国名望家大全』290頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2025年2月21日閲覧。
- ^ a b 『島根県管内耕宅地反別地価壱万円以上持丸長者一覧表』13頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2025年2月21日閲覧。
- ^ a b 『米子界隈』42 - 44頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2025年2月21日閲覧。
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p 『米子自治史』91 - 92頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2025年2月21日閲覧。
- ^ a b c d 『大日本実業家名鑑 上巻』み12頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2025年2月21日閲覧。
参考文献
- 原亀太郎 編『島根県管内耕宅地反別地価壱万円以上持丸長者一覧表』長廻源之助、1881年。
- 後藤本馬 編『帝国議会議員選挙者名鑑』金松堂、1890年。
- 吉野民司 編『帝国名望家大全』吉野民司、1895年。
- 妹尾久造 編『大日本紳士鑑』経済会、1895年。
- 実業之世界社編纂局 編『大日本実業家名鑑 上巻』実業之世界社、1919年。
- 米子市 編『米子自治史』米子市、1939年。
- 野坂寛治『米子界隈』「米子界隈」刊行会、1969年。
- 三好八次郞のページへのリンク