ヴィシェスラヴァ・スヴャトスラヴナとは? わかりやすく解説

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ヴィシェスラヴァ・スヴャトスラヴナ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/09/10 00:45 UTC 版)

ヴィシェスラヴァ・スヴャトスラヴナ(スヴャトスラヴォヴナ)ロシア語: Вышеслава Святославна(Святославовна)ポーランド語: Wyszesława Światosławówna1047年[1] - 1089年以降)はリューリク朝出身の公女であり、ポーランド王(結婚時はポーランド公)ボレスワフ2世の妻となった人物である。


注釈

  1. ^ 「グストィニャ年代記」はロシア語: Густынская летопись(名詞形Густыняの転写による。ただし「Густыня」は現ウクライナ・Густиня(フストィニャ(ru))にあたる。
  2. ^ 「Marcin Kromer」はポーランド語表記による。
  3. ^ 「ヨハン・ヒュプナー」はドイツ語: Johann Hübnerによる。出生地は現ポーランドのBogatynia(ru)
  4. ^ 「ヴィスラフ」はロシア語: Выслава生格)に基づく転写による。
  5. ^ なお、帝政ロシア期のミハイル・ロモノーソフは、これを「ヴャチェスラフ」であると訂正している。
  6. ^ 「恥ずかしがり屋」はロシア語: девицей красной造格)の慣用表現的訳[3]。直訳では真紅(ロシア語の「赤」には美しい・高貴のニュアンスを含む場合がある)の乙女(処女)。

出典

  1. ^ Genealogía, Reyes y Reinos by Nicolas Homar
  2. ^ Huebner J.: Genealogische Tabellen, nebst denen darzu gehoerigen genealogischen Fragen, zur Erlaeutering der politischen Historie. Th. 1-3. — Leipzig , 1725-1728.
  3. ^ 『コンサイス露和辞典』p188


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