ルイ・ドバントンとは? わかりやすく解説

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ルイ・ドバントン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/28 13:43 UTC 版)

ルイ・ジャン=マリー・ドバントン

ルイ・ジャン=マリー・ドバントン(Louis Jean-Marie Daubenton、1716年5月29日 - 1800年1月1日)はフランス博物学者である。ビュフォンの『博物誌』(Histoire naturelle generale et particuliere)の執筆にかかわった。

生涯

コート=ドール県のモンバールに生まれた。父親の希望で神学を学ぶためにパリに送られるが、医学に興味を持ち、1736年の父親が死ぬと、医学に転じレームの学校を卒業し、故郷のモンバールで開業するためにもどった。同じモンバールの出身のビュフォンは『博物誌』の出版を計画しており、1742年にドバントンに動物の解剖学的項目を執筆することを依頼した。『博物誌』の第1巻において、ドバントンは182種の動物の詳細な記述を行い、高い評価をうけた。その評判に嫉妬したためビュフォンは、その後の巻でドバントンに執筆させるのを止めたが、後に誤りをみとめ、2人の関係は修復された。フランスアカデミーに多くの論文を発表し、1744年フランス科学アカデミーの植物学者補になり、パリ科学史キャビネットの学芸員に任じられた。いくつかの学校で博物学や農業経済学の講義を行い、評判になった。パリ植物園鉱物学の教授にも任じられた。1795年には科学アカデミーの正会員に選ばれた。1799年元老院議員に選ばれたが、最初の議会で倒れ程なく、没した。

出典

  • Gysel, C (1979), “[Daubenton (1716–1800) and his research on the occipital foramen]”, L' Orthodontie française 50: 377–92, PMID 122116 
  • Farber, P L (1975), “Buffon and Daubenton: divergent traditions within the Histoire naturelle.”, Isis; an international review devoted to the history of science and its cultural influences 66 (231): 63–74, Mar 1975, PMID 1100562 



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