ユゴ 大統領有故とは? わかりやすく解説

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ユゴ 大統領有故

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/10/25 03:29 UTC 版)

ユゴ 大統領有故
그때 그사람들
監督 イム・サンス
脚本 イム・サンス
製作 シム・ジェミョン、シ・チョル
出演者 ハン・ソッキュ
ペク・ユンシク
音楽 キム・ホンジプ
撮影 キム・ウヒョン
編集 イ・ウンス
配給 エスピーオー
公開 2005年2月3日
2007年12月15日
上映時間 104分
製作国 韓国
言語 韓国語
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ユゴ 大統領有故』(ゆご だいとうりょうゆご、原題:그때 그사람들)は2005年韓国映画イム・サンス監督・脚本。配信サイトでは『その時の人達〜有故、大統領〜』の題で配信されている。

朴正煕暗殺事件を描いたブラック・コメディ[1][2]で、原題の「그때 그사람들(→その時その人たち)」の由来は、暗殺現場に居合わせた歌手シム・スボン(沈守峰)のヒット曲「그때 그사람(→その時その人)」から。

あらすじ

1979年10月26日の韓国・ソウル。大統領警護室のチャ室長から「ヘリが満席だ」とパク大統領が出席する行事への同行を拒否された中央情報部キム部長は、診察した医師から肝臓の病気と過労で健康状態が悪いので、部長職を辞して療養した方が良いと勧められていた。そんな中、大統領と側近が集まる慣例の晩餐会が開かれることが伝えられ、キム部長は陸軍参謀総長のチョン大将に電話してから、秘書のミン大佐と共に宮井洞の秘密宴会場に向かう。

一方同じ頃、キム部長の右腕であるチュ課長は、連日の激務に疲れ果てながらも、大統領と関係を持った女性の後始末など今日も裏仕事をこなしていた。そんな中、大統領たちの晩餐会が開かれることを伝えられたチュ課長は、そこに出席させるべく女子大生のシンと有名歌手のシム・スボンを拾って会場に送り届けた。

かくして始まった晩餐会だが、いつにも増して傍若無人なチャ室長の態度を前に、キム部長の自尊心は傷ついていく。やがて遂に耐えられなくなったキム部長は会場から一旦退出すると、ミン大佐とチュ課長を呼び出すと「民主主義のため」と称し、チャ室長、そしてパク大統領を殺害すると伝える。命令に従った2人は準備を始め、チュ課長は何も知らない部下のヨンジョや運転手のサンウク、更に非番の身から呼び出された警備員も動員し、合図となるキム部長の銃声を待つことになる。

そしてキム部長の発砲による銃声が轟き、ミン大佐やチュ課長も行動を開始するのだが...。

キャスト

【】内は実際の事件における氏名

スタッフ

  • 監督・脚本:イム・サンス
  • 製作:シム・ジェミョン、シ・チョル
  • 音楽:キム・ホンジプ
  • 撮影:キム・ウヒョン
  • 美術:イ・ミンボク

エピソード

暗殺事件の舞台となった宴席でシム・スボン役のキム・ユナが日本語で美空ひばりの「悲しい酒」と都はるみの「北の宿から」を弾き語るシーンがあるが、実際には2曲とも歌っておらず、朴大統領が日本の演歌好きだという逸話から脚色されたものである[3]

また、劇中では日本語で「あの、演歌上手い子いるだろ?スボン、今日はあの子の歌聴きたいね」とリクエストする場面も描かれている。

脚注

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