マリー・サレ
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マリー・サレ(Marie Sallé、1707年 - 1756年7月27日)は、フランスのバレエダンサー、振付家である。表現力に秀でたダンサーであり、同時代に活躍したバレエダンサー、マリー・カマルゴの好敵手として名高い[1][2][3]。また、女性振付家の草分け的存在であり、衣装などを作品のテーマに合わせて改革し、当時使われていた重いバレエ衣装を廃してシンプルなチュニックやサンダルで舞台に立った。サレが行ったバレエ改革の試みは、18世紀後半のジャン=ジョルジュ・ノヴェールによる改革の先駆となるものであり、彼の「バレエ・ダクシオン」の理念にも影響を与えた[2]。
- ^ a b バレエな歴史 2011年7月16日閲覧。
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o 『オックスフォード バレエダンス事典』196頁。
- ^ a b c d e f 『バレエ音楽百科』136頁。
- ^ 『オックスフォード バレエダンス事典』470頁。
- ^ サレと人気を二分したマリー・カマルゴも、プレヴォーの弟子であった。
- ^ バレエのパの一種で、跳躍しながら空中で両足を素早く交差させる動き。
- ^ a b c 『バレエ音楽百科』342頁。
- ^ HANDEL 1735 2011年7月16日閲覧。
- ^ ダンス・舞踊専門サイト(VIDEO Co.) COLUMN:福田一雄:Vol.1 2011年7月16日閲覧。
- ^ 『オックスフォード バレエダンス事典』572頁。
- 1 マリー・サレとは
- 2 マリー・サレの概要
- 3 参考文献
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