フリードリヒ・カウルバッハとは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > フリードリヒ・カウルバッハの意味・解説 

フリードリヒ・カウルバッハ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/06/22 18:40 UTC 版)

フリードリヒ・カウルバッハ
Friedrich Kaulbach
誕生日 (1822-07-08) 1822年7月8日
出生地 ドイツ連邦
ヴァルデック侯国
アーロルゼン
死没年 (1903-09-17) 1903年9月17日(81歳没)
死没地 ドイツ帝国
プロイセン王国
ハノーファー
テンプレートを表示

テオドール・フリードリヒ・ヴィルヘルム・クリスティアン・カウルバッハTheodor Friedrich Wilhelm Christian Kaulbach1822年7月8日 - 1903年9月17日)はドイツ画家

略歴

ヘッセン州バート・アーロルゼンで家具職人の子として生まれた。カウルバッハの一族は何人かの有名な画家を輩出することになる一族で、いとこの、ヴィルヘルム・フォン・カウルバッハが最初に画家となっていた。1844年にヴェネツィアに移り、当時イタリアで暮らしていたヴィルヘルムのもとで修行し、1848年頃には独立して作品を描くようになり、ミュンヘンの美術学校の教授に招聘されたが辞退した。

1850年にパリに移り、歴史画や注文を受けて肖像画を描いた。1850年にバイエルン王マクシミリアン2世からマキシミリアン議事堂(Maximilianeum)に壁画を描く注文を受け、これは1861年に完成した。

1856年にハノーファー王国、国王ゲオルク5世の肖像画を描き、ハノーファー王国の宮廷画家に任じられ、ハノーファー大学の教授に任じられた。国王からカウルバッハに工房と住居を与えられた。この家にはヨハネス・ブラームスクララ・シューマンフランツ・リストヨーゼフ・ヨアヒムなど多くの音楽家も訪れた。

オーストリア皇后エリーザベトらを描いた多くの肖像画の評価が高い。

息子のフリードリヒ・アウグスト・フォン・カウルバッハも画家になった。

作品

Literatur

  • Isidore Kaulbach: Friedrich Kaulbach. Erinnerungen an mein Vaterhaus. Mittler, Berlin 1931.
  • Evelyn Lehmann/Elke Riemer: Die Kaulbachs. Eine Künstlerfamilie aus Arolsen. Arolsen: Waldeckischer Geschichtsverein 1978.
  • Henning Rischbieter: Hannoversches Lesebuch oder: Was in Hannover und über Hannover geschrieben, gedruckt und gelesen wurde. Bd. 2: 1850–1950. Schlüter. 2. Aufl. Hannover 1991, S. 102–105 (mit Auszügen aus Isidore Kaulbachs Erinnerungen). ISBN 3-87706-359-4
  • Wilhelm Rothert: Allgemeine Hannoversche Biografie Band 1: Hannoversche Männer und Frauen seit 1866, Sponholtz, Hannover 1912, S. 170–175
  • Hugo Thielen in: Hannoversches Biographisches Lexikon, S. 195.

外部リンク




英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「フリードリヒ・カウルバッハ」の関連用語

フリードリヒ・カウルバッハのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



フリードリヒ・カウルバッハのページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのフリードリヒ・カウルバッハ (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS