フランツ・カール・フォン・エスターライヒとは? わかりやすく解説

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フランツ・カール・フォン・エスターライヒ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/04/16 05:00 UTC 版)

フランツ・カール
Franz Karl
ハプスブルク=ロートリンゲン家
フランツ・カール(撮影日不明)

全名 Franz Karl Joseph
フランツ・カール・ヨーゼフ
称号 オーストリア大公
出生 (1802-12-07) 1802年12月7日
ハプスブルク帝国ウィーン
死去 (1878-03-08) 1878年3月8日(75歳没)
オーストリア=ハンガリー帝国ウィーン
埋葬 オーストリア=ハンガリー帝国ウィーンカプツィーナー納骨堂
配偶者 ゾフィー・フォン・バイエルン
子女 フランツ・ヨーゼフ1世
マクシミリアン
カール・ルートヴィヒ
マリア・アンナ
ルートヴィヒ・ヴィクトル
家名 ハプスブルク=ロートリンゲン家
父親 フランツ2世
母親 マリア・テレジア・フォン・ネアペル=ジツィーリエン
宗教 キリスト教カトリック教会
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フランツ・カール・フォン・エスターライヒ(Franz Karl von Österreich, 1802年12月7日 - 1878年3月8日)は、オーストリア帝国の皇族。オーストリア大公神聖ローマ皇帝フランツ2世オーストリア皇帝フランツ1世)の三男で、全名はフランツ・カール・ヨーゼフ(Franz Karl Joseph)。息子にオーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世メキシコ皇帝マクシミリアンがいる。

生涯

1802年12月7日、フランツ・カールはフランツ2世とその2人目の妃であったマリア・テレジアの間に第9子としてウィーンで生まれた。

政治的野心とは無縁の人物で、長兄フェルディナント1世1848年に退位した際は帝位継承権第1位であったにもかかわらず即位を辞退し、長男のフランツ・ヨーゼフに帝位を譲っている。一方で、文化活動には熱心で、リンツにあるオーバーエスターライヒ州立博物館の "Francisco-Carolinum" は支援者であった彼を記念して名付けられたものである。

フランツ・カールは兄や長男には及ばないものの長命で、1878年3月8日にウィーンにおいて75歳で死去した。遺骨はウィーン・カプツィーナー教会の皇帝納骨堂(カイザーグルフト)に収められている。

子女

1860年ころのフランツ・カールの息子たちの写真。左から順にカール・ルートヴィヒフランツ・ヨーゼフ1世マクシミリアンルートヴィヒ・ヴィクトル

フランツ・カールはバイエルン王マクシミリアン1世の王女ゾフィー1824年11月4日ウィーンで結婚した。彼女との間には以下の四男一女をもうけた。

系図

フランツ1世
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
フェルディナント1世 フランツ・カール
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
フランツ・ヨーゼフ1世 メキシコ皇帝
マクシミリアン
カール・ルートヴィヒ
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ルドルフ
 
 
 
フランツ・フェルディナント オットー
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
貴賤結婚 カール1世
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
オットー
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
カール






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