トゥーロンの地勢
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/30 14:25 UTC 版)
「トゥーロン攻囲戦」の記事における「トゥーロンの地勢」の解説
トゥーロンの港は地中海に張り出した半島サン・マンドリエ・シュル・メールによって外海から隔てられているが、さらにその奥にある二つの半島によって内港がかたちづくられている。内港の北東側がトゥーロン市街で、その奥に市を見下ろすファロン山がそびえている。 内港を扼する形で東から延びるのがGians半島で、ムリヨン地区と、先端には16世紀以来のラ・トゥール・ロワイヤル要塞がある。西から延びる半島がラ・セーヌ・シュル・メールで、2つあるその先端にあるのがレギエットとバラギエの要塞である。両要塞の後背地にある高台がカイロ(ル・ケール)の丘で、ここに築かれたマルグレーヴ(フランス語でミュルグラーヴ)砦の争奪戦がトゥーロン攻囲戦の主要な戦闘であった。ちなみにレギエットとバラギエの両砦を結ぶ道路は今日「ボナパルト通り」と名づけられている。
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