シャーキャ国の滅亡
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/19 06:28 UTC 版)
涅槃の前年の雨期は舎衛国の祇園精舎で安居が開かれた。釈迦最後の伝道はラージャグリハの竹林精舎から始められたといわれている。 プラセーナジットの王子ヴィドゥーダバが挙兵して王位を簒奪した。そこでプラセーナジットは、やむなく王女が嫁していたマガダ国のアジャータシャトルを頼って向かったが、城門に達する直前に死んだ。 ヴィドゥーダバは即位後、即座にカピラヴァストゥの攻略に向かった。この時、釈迦はまだカピラヴァストゥに残っていた。釈迦は、故国を急襲する軍を、道筋の樹下に座って三度阻止したが、宿因の止め難きを覚り、四度目にしてついにカピラヴァストゥは攻略された。その後、このヴィドゥーダバも河で戦勝の宴の最中に洪水または落雷によって死んだ。 釈迦はカピラヴァストゥから南下してラージャグリハに着き、しばらく留まった。
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