オマーン移住後
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/05 22:32 UTC 版)
「ブサイナ・ビント・タイムール」の記事における「オマーン移住後」の解説
1940年に日本を離れてしばらくカラチに滞在した後、マスカットに移り、タイムールの第一夫人で国王サイード・ビン・タイムールの母の元に預けられた。父であるタイムールは、日本を離れた以上、完全なオマーン人として育てるという方針をとったため、日本の影響は断ち切られた。さらに異母兄のサイードは、ブサイナを王宮に軟禁した。 1970年、サイードが息子カーブースの起こした宮廷クーデターにより退位し、カーブースが即位すると軟禁が解かれ、1978年には母親の墓参りに日本を訪れた。
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