アルフレッド・スティーグリッツとは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 固有名詞の種類 > 人名 > 美術家 > 写真家 > 写真家 > アルフレッド・スティーグリッツの意味・解説 

スティーグリッツ【Alfred Stieglitz】

読み方:すてぃーぐりっつ

[1864〜1946米国写真家。妻は画家オキーフ写真家集団フォトセセッション」を主宰、「カメラ‐ワーク」誌を創刊するなど、近代写真先駆者とされる代表作終点」「三等船室」など。


アルフレッド・スティーグリッツ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/08/08 00:34 UTC 版)

アルフレッド・スティーグリッツ
Alfred Stieglitz
1902年のスティーグリッツ
生誕 (1864-01-01) 1864年1月1日
アメリカ合衆国ホーボーケン (ニュージャージー州)
死没 1946年7月13日(1946-07-13)(82歳)
アメリカ合衆国ニューヨーク

アルフレッド・スティーグリッツAlfred Stieglitz, 1864年1月1日 - 1946年7月13日)は、アメリカ写真家

来歴

彼は、ドイツからのユダヤ系移民の子供として、ニュージャージー州ホーボーケンで生まれた[1]1881年ドイツのベルリンポリテクニック留学中に写真化学を学んで写真を撮り始めた。1890年、アメリカに帰って写真製版の仕事を始めるとともに欧州の写真芸術を母国に導入した。1902年、グループ・フォト・セセッション(Photo-Secession)を設立、1903年、機関誌『カメラ・ワーク英語版』を発行するなどピクトリアリスムを広めたが、その後ストレートフォトグラフィに転じ、後世の多くの写真家に大きな影響を与えた。 1905年、ニューヨーク5番街291で通称291ギャラリーを開廊、写真のみならずヨーロッパの近代絵画や前衛美術を紹介しその普及に努めた。

スティーグリッツは、シャーウッド・アンダスンハート・クレインウィリアム・カルロス・ウィリアムズなどに畏敬されており、同時代の音楽批評家 ポール・ローゼンフェルド以上にモダニズム運動の中心的存在として、本来の写真芸術ばかりでなく、文藝のほとんどすべての分野に深くかかわった。[2]

画家のジョージア・オキーフの夫としても知られる。

代表作

  • 三等船室 (The Steerage, 1907)[1], [2]
  • 「イクィヴァレント(等価)」シリーズ(Equivalent, 1920s and 1930s)

作品

外部リンク

脚注

  1. ^ Richard Whelan (1995). Alfred Stieglitz: A Biography. NY: Little, Brown. pp. 11–22, 214, 281, 382, 400. ISBN 0316934046. https://archive.org/details/alfredstieglitzb00whelrich/page/11 
  2. ^ 『アメリカ文学者 大橋吉之輔エッセイ集 エピソード』トランスビュー、2021年。 

関連項目





固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「アルフレッド・スティーグリッツ」の関連用語

アルフレッド・スティーグリッツのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



アルフレッド・スティーグリッツのページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
デジタル大辞泉デジタル大辞泉
(C)Shogakukan Inc.
株式会社 小学館
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのアルフレッド・スティーグリッツ (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS