アリ・アバゾフとは? わかりやすく解説

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アリ・アバゾフ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/04/06 03:06 UTC 版)

アリ・マンメト・オグル・アバゾフ
Əli Məmməd oğlu Abbasov
2011年撮影
生年月日 1953年
出生地 アゼルバイジャン・ソビエト社会主義共和国ナヒチェヴァン自治ソビエト社会主義共和国ナヒチェヴァン市
出身校 モスクワ電力工学研究所英語版卒業
ウクライナ国立学士院修了
現職 計算機科学
称号 Shohrat Order英語版(直訳:名誉賞)

通信省大臣
内閣 イルハム・アリエフ
在任期間 2004年 - 2015年
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アリ・マンメト・オグル・アバゾフアゼルバイジャン語: Əli Məmməd oğlu Abbasov1953年-)[1]アゼルバイジャン計算機科学者、通信情報技術省英語版大臣[2]。研究者としての専門はデジタル経済英語版、ネットワーク、人工知能など[2]

経歴

1969年からアゼルバイジャン石油化学研究所で教育を受けていたが、1972年からはモスクワ電力工学研究所英語版に留学して勉強を続け、1976年に卒業した[1]1977年ウクライナ国立学士院に入学するとマイクロエレクトロニクスをテーマにした論文で準博士号を取得し1981年に修了した[1]。また、1993年には情報処理・制御を専門として博士号を取得した[1]

1982年から1992年にかけてはアゼルバイジャン国立科学アカデミーでコンピュータネットワークに関する研究に携わり、1992年から2000年にかけては同アカデミーの情報通信技術研究所サイエンティフィックセンターの所長を務めた[1]また、2002年から2004年にはアゼルバイジャン国立経済大学英語版の学長を務めた[1]

政治家としては、2000年から2004年までは国会議員を務め、また2001年から2004年まで欧州評議会の議員だった[2]。2004年に通信省が廃止されて通信情報技術省が設立されると[3]大臣に就任し[2]、2014年には新設されたMinistry of Communications and High Technologies(直訳:通信先端技術省)の大臣に就任したものの、2015年11月12日に大統領命により解任された[3]

アゼルバイジャンにおける情報通信技術への貢献が評価され、2012年12月27日のイルハム・アリエフの大統領命によりShohrat Order英語版(直訳:名誉賞)を授与されている[2]

脚注

  1. ^ a b c d e f Ali Abbasov - ICT”. アゼルバイジャン国立科学アカデミー情報技術研究所. 2018年3月30日閲覧。
  2. ^ a b c d e Panellist 2013 Mr. Ali M. Abbasov”. インターネットガバナンスフォーラム英語版. 2018年4月2日閲覧。
  3. ^ a b History of communication in Azerbaijan”. 通信省(アゼルバイジャン). 2018年4月2日閲覧。



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