アムリウス打倒
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/03/06 18:28 UTC 版)
双子は立派に成長し周囲の牧夫のリーダーとなった。あるときパラティヌスの牧夫たちは牛泥棒に遭い、二人は裸のままこれを追跡した。このことがローマの祭りの一つであるルペルカリアの起源になったという。このときロームルスと共に追った仲間はクィンクティウス団(クィンクティー)、レムスの仲間はファビウス団(ファビイー)と呼ばれている。 その後双子らアムリウスの牧夫たちはアウェンティヌスにいたヌミトルの配下たちと争いを起こすようになった。あるとき一人でいたレムスはヌミトルの牧夫たちに拉致されヌミトルの元へと連れて行かれた。ヌミトルは裁判のためにアムリウスの元にレムスを引き出した。それに対してアムリウスは訴えをそのまま受けレムスの身柄をヌミトルに引き渡した。 やがてレムスとヌミトルが二人きりになると、レムスの堂々とした容貌を見てヌミトルがその生まれを尋ねた。ファウストゥルスから自分達が拾われたことを聞いていたレムスはそのことをヌミトルに話し、その話からヌミトルはレムスが自分の孫であることを知った。二人は自分たちの関係を知りアムリウス打倒について話し合った。 同じことをファウストゥルスからロームルスも知ったが、まもなくアムリウスにも知られた。アムリウスはヌミトルに出頭するよう使者を派遣したが、その使者からアムリウスも同じ事を知ったことを知らされたヌミトルらは協力して蜂起した。アムリウス殺害後、レムスとロームルスはアルバ・ロンガの王にヌミトルをつけ、母を解放した。
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