『床屋のヒゲきり』
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/01/05 08:50 UTC 版)
18世紀前半の作とされるルボーク。大きさは35.3×29.6cmで、左上と右上に次の様な短い文章が書かれている。 右「床屋は分離派教徒のヒゲを切ろうとする」左「分離派教徒曰く--- なあ、床屋よ、おれはヒゲを切られたくない。待て、待て、見張りを呼ぶぞ」 1698年に西欧遊学から帰国したピョートル1世は、ロシアの近代化改革の一環として1699年にヒゲ切りを法令化(ひげ税)、1705年に服装の規範を定め口髭・顎鬚を剃ることを義務化するなどしたが、髭を生やすことはロシアでは古来からの伝統である上、16世紀半ばの百章令(ロシア語: Стоглав、百箇条集)第40章には「正教徒たるものはヒゲを剃らず」とも記されていることから宗教問題の側面も持ち合わせており、一般民衆のみならず特に保守的な正教古儀式派(旧教徒、「分離派」は国家教会側からの蔑称)からの反発を招いていた。ヒゲを切られそうになっている左の男の方がむしろ大きく堂々とした様子で描かれていることからも、当時の世相が窺える。
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