「なぜの連鎖」に終了地点がない
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/30 04:07 UTC 版)
「なぜ何もないのではなく、何かがあるのか」の記事における「「なぜの連鎖」に終了地点がない」の解説
詳細は「無限後退」を参照 この問いはどういう解答を返しても、その解答に対し再び「なぜそうなのか?」という疑問が突きつけられることが見て取れる。この「なぜ」の連鎖をどうすれば終わらせることができるか、その終了地点を想像することができず、また仮にここで終わりであると主張してみた場合でも、そこが終了地点であることを確認する手続きもない。この事から、この問いは原理的に解答ができない問いである、として問いそのものを擬似問題として却下する考えがある。実際、「なぜの連鎖」はより基礎的な方向にまで伸張させることが可能である。たとえば論理学における基本的な推論規則(たとえば三段論法)に対してさえ、「なぜそうなのか?」という問いを投げかけることができる(ルイス・キャロルのパラドックス)。このように究極的な意味での「なぜの連鎖」は終了地点というものが想定できず、また終了を確認する方法もないため、こうした問いには終了地点すなわち「解答」と呼べるようなものがそもそも「ない」、それゆえに擬似問題であるとする考えである。たとえば20世紀の哲学者ポール・エドワーズがそうした主張を行った。
※この「「なぜの連鎖」に終了地点がない」の解説は、「なぜ何もないのではなく、何かがあるのか」の解説の一部です。
「「なぜの連鎖」に終了地点がない」を含む「なぜ何もないのではなく、何かがあるのか」の記事については、「なぜ何もないのではなく、何かがあるのか」の概要を参照ください。
- 「なぜの連鎖」に終了地点がないのページへのリンク