独裁政治
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短所・長所
独裁的な政治体制の下では体制批判は許されず、個人の自由は著しく制限される。民衆の意思表示は抑圧され、反対派は何らかの形で排除される。また、為政者の権力行使に抑制が効かずに、恣意的な国家運営に堕すこともあり、国家としての方向性を失って行く場合も多い。
このほかの独裁制の欠点として、現代の大国や先進国は中国とシンガポール等を除きすべて程度の差はあれど民主国家であるため、発展途上国の多い独裁国家は外交上不利な状況となることが挙げられる。特に1990年代以降、冷戦の終結とともに先進諸国が独裁国家への民主化を求める動きが非常に強くなり、発展途上国への政府開発援助は民主化を前提とすることが多くなった[24]。なかでも援助に頼る部分の多かったアフリカ諸国において、先進諸国は独裁国家に対する援助の削減や停止を行い、独裁制国家は民主制国家に対し得られる援助額が非常に少ない状態となった。このことは、1990年代前半においてブラックアフリカで急速な民主化をもたらす原因の一つとなった[25]。
一方で、独裁制はトップの意思の伝達がスムーズであり、有能な独裁者がビジョンに基づき独裁をおこなった場合、国家が大幅に発展することも不可能ではない。こういった体制は20世紀後半の東アジアや東南アジアの資本主義国に多く見られ、開発独裁と称された。
防止策
普通選挙による議会制民主主義や大統領制などに加えて、権力分立や公職の多選禁止(アメリカが憲法修正22条で定める三選の禁止[注釈 1]、憲法条文による韓国・フィリピン・チリにおける再選禁止など)は、政治の独裁化を防ぐ理念に基づくものと考えられている。この考えに基づき、1990年代のアフリカ諸国の民主化においては多くの国家で三選禁止規定が盛り込まれた。しかし90年代末以降、こうして選出された大統領の中で任期制限撤廃の動きを見せるものが相次ぎ、一部の国家では実際に憲法を改正して任期制限を撤廃し、大統領が長期政権を敷くところも現れた[26]。任期制限撤廃の動きはアラブ諸国においても同様に見られた[27]。
こうした任期制限は独裁制国家でも導入されている場合があり、例としては中華人民共和国において、国家主席の任期は連続2期までと定められていた。しかし習近平が国家主席となると権力集中の動きが強まり、2018年には憲法を改正して任期制限を撤廃し、2022年からは実際に3期目を務めることとなった[28]。
指標
各国の民主・独裁の程度を定量的に評価するために、さまざまな民主主義指標が測定・公開されている。政治学において多く用いられる指標には、民主主義-独裁指標(DD指標、Democracy-Dictatorship Index)、ポリティ指標(Polity data series)、フリーダムハウス指標(Freedom in the World)などが存在する[30]。
これらの指標の算出基準はそれぞれ異なっており、そのため指標によってある国家が独裁制に分類されるかどうかにも相違が生ずる[31]。例えばDD指標は選挙の競合性に的を絞った基準であり、民主制と独裁制を明確な基準で二分することができるが、「選挙による政権交代の有無」を条件に加えている[32]ため、一党優位政党制などで政権交代が起きたことのない場合、民主的な選挙が行われていても独裁制に分類される。このため、他の指標では民主制と判定されるボツワナや[33]、同じく南アフリカが独裁制と判定されてしまうなどの問題がある[34]。ポリティ指標は選挙の競合性に加え三権分立や政治参加の自由度も基準に含まれる。フリーダムハウス指標は選挙制度のほか市民的自由や法の支配も判定基準に加えており、このためDD指標で民主制に分類される[33]トルコは非自由国に[29]、フィリピンは半自由国に判定される[33]。
注釈
- ^ 3期目を目指すには一度退かなければならない。
出典
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