上妻駅 歴史

上妻駅

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/04/07 06:23 UTC 版)

歴史

駅構造

廃止時点で、1面1線の単式ホームを有する無人駅であった。矢部線の開通とともに開業した駅で、当初は駅員が配置され駅舎もあったが、無人駅化後に取り壊されてホーム上に待合所が置かれるのみの簡素な駅となっていた。

駅周辺

田園風景が広がり、団地がある。

現状

駅跡地は、団地の敷地の一部となっている。

その他

駅跡地の前を通る道路には「バルビゾンの道」という愛称が付いている。これは久留米市出身の画家坂本繁二郎の功績を讃えたものである(※フランスでの絵画留学から帰国した後、八女市を制作活動の拠点としていたため[注釈 1])。坂本の死後、八女公園の一角に銅像が建てられた[7]

隣の駅

日本国有鉄道
矢部線
今古賀駅 - 上妻駅 - 山内駅

脚注

参考文献

  • 『国鉄全線各駅停車10 九州720駅』(小学館、1983年)

関連項目


注釈

  1. ^ 坂本は八女市の風景を「東洋のバルビゾン」と評している[4]。なお、この表現は岡倉天心も用いているが、こちらは八女市とは無関係(※岡倉が評した地は五浦いづら茨城県北茨城市)であり[5]、「赤倉温泉新潟県妙高市)を東洋のバルビゾンにする」という構想もあった[6])である。

出典

  1. ^ a b c d e 石野哲(編) 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編 Ⅱ』JTB、1998年、700頁。ISBN 978-4-533-02980-6 
  2. ^ “日本国有鉄道公示第53号”. 官報. (1971年2月18日) 
  3. ^ 「通報 ●鹿児島本線西牟田駅ほか3駅、矢部線上妻駅ほか2駅、湯前線肥後西村駅ほか1駅及び高森線長陽駅ほか3駅の駅員無配置について(旅客局)」『鉄道公報日本国有鉄道総裁室文書課、1971年2月18日、4面。
  4. ^ 【花宗川の詩 八女筑後大木大川】(4)アトリエ跡 繁二郎が愛した風景」『西日本新聞』、2017年10月6日。2023年4月3日閲覧。オリジナルの2021年5月15日時点におけるアーカイブ。
  5. ^ 台東区ゆかりの巨匠たち 岡倉天心 -茨城県五浦のこの地において、新たな芸術運動が始まりました。-”. 台東区文化探訪アーカイブス. 台東区・早稲田大学メディアデザイン研究所 (2017年8月7日). 2023年4月3日閲覧。
  6. ^ 「東洋のバルビゾン」赤倉温泉”. 赤倉温泉の歴史. 赤倉温泉観光協会. 2023年4月3日閲覧。
  7. ^ 坂本繁二郎銅像(八女公園)”. 福岡県観光WEB クロスロードふくおか. 福岡県観光連盟. 2023年4月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年4月3日閲覧。


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