ロバート・ピアリー 経歴

ロバート・ピアリー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/06/28 03:10 UTC 版)

経歴

疑問点

1909年の探検から帰還後、元の仲間であるフレデリック・クックが「自分は、1908年4月21日に既に北極点に到達していた」と主張した。調査委員会が設けられたが、結局クックの訴えは退けられ、詐欺罪で収監となり、ピアリーが最初の北極点到達者と認定された。現在では、ピアリーが証人を買収したことがわかっているが、実際にクックは北極点の数百km手前までしか到達していなかったようである。

また、後の詳しい測量により、ピアリーらが北極点だとしていた点は正確には北緯89度57分(北極点から約6kmの地点)であったことが分かっている。また、ナビゲーションの技術を持つ者がいなかったにもかかわらず、旅程が不自然に順調であることなどから、到達そのものを疑問視する説もある。

もし初の北極点到達がピアリーでない場合、1926年リチャード・バードによる北極点往復飛行か同年のアムンセンノビレエルズワースによる飛行船ノルゲ号での北極海横断飛行が最初の北極点「到達」となる。

その他

の精錬技術を持たないグリーンランドのイヌイットが鉄を利用している謎が、ピアリーの調査で判明した。イヌイット族は1万年前に落下したと推測される、56トンもの巨大な隕鉄を利用していたのである。ピアリーはこの一部をアメリカへ持ち帰り、博物館に4万ドル (5万ドルとも) で売却した。


  1. ^ Medals and Awards, Gold Medal Recipients” (PDF). Royal Geographical Society. 2016年11月25日閲覧。


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