イオン化傾向 イオン化傾向の問題点

イオン化傾向

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/26 01:22 UTC 版)

イオン化傾向の問題点

標準酸化還元電位、ギブス自由エネルギーに基づくイオン化傾向は、イオンの状態をイオン間の相互作用の働かない無限希釈を基準としているため、通常の実験的濃度において必ずしもこの順序が保持されるとは限らず、特に電位の接近しているスズなどの順序はあまり意味を成さないとの意見もある[5]。それゆえ従来16種類の元素のイオン化傾向を記述してきた日本における高等学校の化学の教科書も2008年現在、細かい順序についての言及を避け (Li, K, Ca, Na) > Mg > (Al, Zn, Fe) > (Ni, Sn, Pb) > (H2, Cu) > (Hg, Ag) > (Pt, Au) とするものがある[6]。また、Zn > Cu > Ag といった3種類の金属の記述のみである教科書も存在する[7]

水溶液中において酸などとの反応性の観点ではイリジウム (Ir) およびタンタル (Ta) が最小とされるが、酸化還元電位の点では必ずしもそうはいえない。これは表面に緻密な酸化皮膜を生成するといった不動態形成、あるいは速度論的な関与が無視されていることによる。

さらに古くから問題にされてきたカルシウムナトリウムの順序であるが、議論の的となったのはナトリウムがカルシウムよりも水とより激しく反応するにも拘わらずイオン化傾向は Ca > Na である点である。金属から水溶液中の水和イオンへの変化を考察するためには、原子化イオン化イオンの水和という過程を考慮しなければならない。カルシウムおよびナトリウムでは以下のようになる。

金属 昇華熱 ΔHsub[2] イオン化エネルギー ΔHion[2] 水和熱 ΔHhyd[1]
反応式
カルシウム 178.2 kJ mol-1 1747.7 kJ mol-1 -1577 kJ mol-1
ナトリウム 107.32 kJ mol-1 502.04 kJ mol-1 -420.8 kJ mol-1

以上はエンタルピー変化であり、また水和熱の実測値は陽イオンと陰イオンとの合計であり、これらの分割は水和熱が z2/r(電荷の2乗/イオン半径)に比例するとの仮定に基くものであるため精密性に欠く部分があり、数値全体が正確であるとはいえないが、定性的には以下のことがいえる。ナトリウムの方がカルシウムよりも遊離状態のイオンを生成しやすいが、電荷が大きいカルシウムイオンは水和熱の絶対値(エンタルピー変化が負に大きいほど強く水和)が大きくイオン化エネルギーを打ち消し結果的に水和イオンの生成ギブス自由エネルギーを押し下げ、ナトリウムと逆転している。

同様にアルカリ金属間の比較ではセシウム (Cs) が反応性の上では最大であるが、イオン半径は Cs+ > Rb+ > K+ > Na+ > Li+ であり、それゆえリチウムは反応性が最小であるにも拘わらず、イオン半径が最も小さいため水和熱の絶対値が大きく結果的に電位が最も低くなっている[8]。以上のようにイオン化傾向は必ずしも反応性の順序を反映しているとはいえない部分があり、定性的な議論に用いるに留めるのが望ましい。


  1. ^ a b 日本化学会編 編『化学便覧 基礎編』(改訂4版)丸善、1993年。ISBN 4-621-03870-2 
  2. ^ a b c D.D. Wagman, W.H. Evans, V.B. Parker, R.H. Schumm, I. Halow, S.M. Bailey, K.L. Churney, R.I. Nuttal, K.L. Churney and R.I. Nuttal, The NBS tables of chemical thermodynamics properties, J. Phys. Chem. Ref. Data 11 Suppl. 2 (1982)
  3. ^ a b c d 各種金属の標準電極電位” (pdf). 東京都鍍金工業組合. 2012年1月4日閲覧。
  4. ^ F.A.コットン、G.ウィルキンソン 著、中原勝儼 訳『無機化学 上』(第4版)培風館、1987年。ISBN 4-563-04192-0 
  5. ^ 渡辺正「イオン化列は仮想の世界 : 電気化学(その 1)(教科書の記述を考える 1)」『化学と教育』第44巻第9号、日本化学会、1996年、593-596頁、ISSN 0386-2151NAID 110001829821 
  6. ^ 渡辺 正 ほか 『新版 化学I』 大日本図書
  7. ^ 佐野博敏 ほか 『高等学校 化学1』 第一学習社
  8. ^ 長島弘三、佐野博敏・富田功『無機化学』実教出版〈実教理工学全書〉、1974年。OCLC 674244912全国書誌番号:69009146 
  9. ^ マナペディア-イオン化傾向の大きい金属とその覚え方
  10. ^ 『理解しやすい新化学』(文英堂,1983年版,東久保勝彦編)


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