航空兵科独立と昇格
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1925年(大正14年)5月1日、それまで各兵科の混成であった陸軍の航空部門は航空兵科として独立し、同時に陸軍航空本部令(勅令第149号)が施行された。従来の陸軍航空部令は廃止となり、陸軍航空部は陸軍航空本部(以下、場合により航空本部と略)に昇格した。陸軍航空本部令第1条で定められたその任務は陸軍航空部の任務とほぼ同じであるが、航空に関する事項の「試験」が加わり、航空に関する器材の「製造」が職責からなくなった。 陸軍航空本部は本部と補給部のみであった従前の航空部とは本質的な機能に大差はなかったが、編制が総務部、技術部、補給部、検査部となり、大幅に増強され定員も51名から139名となった。陸軍大臣に隷属し航空本部のすべての業務を統御、管理する本部長は安満欽一中将が航空部から引き続きその職についた。また航空本部長は陸軍飛行学校を隷下に置くだけでなく、陸軍士官学校を巡閲する権限が付与された。これは航空兵科の独立にともない、他兵科が教育総監の隷下に騎兵監、砲兵監、工兵監、輜重兵監を有することに準じて航空本部長に与えられた職権である。 同年5月4日、陸軍航空本部事務分掌規定(陸達第23号)により、航空本部における各部の任務は次の事項を掌ると定められた(1925年5月時点)。 総務部 航空に関する事項(被服に関する事項および他部主管事項を除く)の調査、研究、立案。 航空兵諸軍隊の本科専門教育、ならびに航空兵諸軍隊練習部における教育に関する事項。 陸軍飛行学校に関する事項。 庶務および経理に関する事項。 技術部 航空に関する器材の調査、研究、試験、立案、審査。 航空に関する気象および衛生の調査、研究、試験、立案。 航空に関する器材制式の統一および同制式図の調製整理に関する事項。 補給部 航空に関する器材の修理および廃品処分に関する事項、および技術部の依託にかかわる器材の試作。 航空に関する器材の購買、貯蔵、または補給に関する事項。 検査部 航空に関する器材の採用検査に関する事項。 民間製造所に注文した航空に関する器材の製造ならびに修理作業の監督に関する事項。 技術部は1919年(大正8年)の陸軍航空学校設立時に同校の研究部として始まり、1924年(大正13年)の改編で所沢陸軍飛行学校となって以後も引き継がれてきた陸軍航空唯一の研究機関が前身である。学校の機構内の研究部のため設備および経費等が十分でなく、深厚な調査研究を行うことが困難であったものを、そのまま航空本部の部署に独立昇格させた。設備の関係から技術部は当面の所在地を所沢校内のままとして活動を開始した。補給部はそれまでどおり補給部所沢支部と補給部各務原支部を置いた。そのほか航空本部の設立にともない、その編制内に航空駐在官を置くことができるようになった。航空駐在官は独、仏、英、米の4国で駐在国およびその周辺国の軍用航空技術、編制装備、新兵器、兵器製造とその技術、などを継続的に調査研究すること、そして陸軍が外国で購買または製作する兵器、材料等の検査監督と、これらに関する交渉に当たることが任務であった。 1928年(昭和3年)9月、技術部は所沢から東京府北多摩郡立川町に移転した。また立川には1933年(昭和8年)に補給部所沢支部が移転し、補給部立川支部となった。
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