日本への批判
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/26 16:12 UTC 版)
スノーは中国共産党に出合う前から、満州事変などに直面して日本に反感を持っており、日本帝国主義は中国の敵であるだけでなく、平和を欲する世界全人民の敵であると述べている。 1934年の処女作『極東戦線 (Far Eastern Front) 』では、「田中メモランダム」 という名で田中上奏文に触れて、日本政府や犬養毅が田中上奏文を偽造したことを紹介したのち、次のように満州事変頃の日本の侵略性について述べている。 「もしにせものづくりがこの覚書をデッチあげたのだとすれば、彼はすべてを知りつくしていたことになる。この文書がはじめて世界に出たのは一九二八年だったが、それは最近数年間の日本帝国主義の進出にとってまちがいない手引き書となったのである」 その後、米国が頭の先から爪先に至るまで日本人を憎悪し武力介入で日本をこの世から抹殺する事を目指した政治的な著作『アジアの戦争』を書き上げ、日中戦争における日本を批判的に取り上げた。同書では南京安全区国際委員会の委員長であったジョン・ラーベが示した算定として「南京大虐殺」において「日本軍は南京だけで少なくとも4万2千人を虐殺した」、「10歳から70歳までのものはすべて強姦された」と記し、成都で会ったL・スマイスが編纂した『南京地区における戦争による損害』を引用して「日本軍による暴行」として告発している。 この『アジアの戦争』は、のち『東京裁判』における検察側冒頭陳述や「南京大虐殺」、更にGHQの占領方針と占領政策の基盤となった。米国の日本政策の根拠ともなったこの本について、鈴木明らは錯覚と誤解の上に築かれているとして批判している。
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