後期新人会(1921 - 29)
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在学生のみの団体に改組以降の活動は、学内・学生大衆に基盤を置き読書会・研究会活動を中心としたもので、学友会(自治会)・社会科学研究会・セツルメントなどの学内活動・サークル活動も事実上支配していた。また1922年11月学生連合会(学連)の結成に際してはその中核的存在になり、全国的な学生運動の中で指導的役割を果たした。1926年に日本共産党(第二次共産党)が再建されると事実上その下部組織となり、共産党およびその外郭団体の活動家の供給源となった。 1928年、全国で多数の共産党員が一斉検挙される三・一五事件が起こると、これをきっかけに東大当局は新人会の解散を決議し、これ以後会は地下活動へ入っていくことになった。翌1929年11月22日、会は日本共産青年同盟への発展的解消を宣言して、正式に解散した。
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後期新人会
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