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たけだ-りんたろう ―りんたらう 【武田麟太郎】

(1904-1946) 小説家大阪生まれ新感覚派的な短編風俗小説から出発、のち市井庶民生活感情をとらえた「日本三文オペラ」「銀座八丁」などを書いた。日本浪漫派対抗散文精神主張して「人民文庫」を主宰した。


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武田麟太郎

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武田麟太郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2010/12/16 20:10 UTC 版)

武田 麟太郎(たけだ りんたろう、1904年5月9日 - 1946年3月31日)は、日本小説家。代表作に、「日本三文オペラ」「井原西鶴」「銀座八丁」「一の酉」などがある。長男は詩人の武田文章(1933-1998)、次男は河出書房の編集者の武田穎介(1935-2001)。

大阪府大阪市南区日本橋筋東一丁目(現在の浪速区日本橋東一丁目)に、父左二郎・母すみゑの長男として生まる。公的な出生の届出では、5月15日生まれ。父は、のちに警察署長となる。

第三高等学校に学ぶ。三高在学中に土井逸雄・清水真澄らと同人誌『真昼』を発行し、身辺観察的な短い文章を寄稿する。

その後、東京帝国大学文学部仏文科に進学し、同人誌『辻馬車』に加わる。やがて労働運動に共感を覚え中退、1929年に『文藝春秋』に「暴力」を発表しプロレタリア作家としての地位を築く。

その後のプロレタリア文学への弾圧を経て、転向。西鶴の浮世草子の作風に学んだ「市井事もの」を著し、時代の庶民風俗の中に新しいリアリズムを追求する独自の作風を確立した。1933年林房雄川端康成小林秀雄らと『文學界』を創刊、1936年には『人民文庫』を創刊し主宰したが発禁となり、莫大な借金を背負うことになる。

太平洋戦争中は陸軍報道班員としてジャワ島に滞在。1946年、肝硬変により死去。




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