射影分解と単射分解
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/10 14:50 UTC 版)
ホモトピー同値は擬同型であることが容易に示せるので、上の構成の第二段階は省略できる場合がある。標準的函手 K ( A ) → D ( A ) {\displaystyle K({\mathcal {A}})\rightarrow D({\mathcal {A}})} の存在が明らかであるので、定義は通常この方法で与えられる。 具体的な状況において導来圏の射を直接に扱うことは非常に困難であるか不可能である。そこで導来圏に同値なより扱い易い圏を探すことになる。古典的には、射影分解と単射分解による2つの(双対な)アプローチがある。どちらの場合にも、上の標準函手を適当な部分圏へ制限することで圏同値となる。 以下では導来圏の文脈における単射分解の役割を述べる。これは右導来函手を定義する基礎となり、位相空間上の層コホモロジーやエタール・コホモロジーや群コホモロジーのような進んだコホモロジー論へ重要な応用を持つ。 このテクニックを応用するために、問題のアーベル圏が十分単射的対象を持つことを仮定する必要がある。十分単射的対象を持つとは、圏のすべての対象 X がある単射対象 I への単射を持つという意味である。(写像も単射対象も一意である必要はない。)たとえば、グロタンディークアーベル圏(英語版)は十分単射的対象を持つ。X を単射対象 I0 へ埋め込み、この射の余核を単射対象 I1 へ埋め込みと、繰り返すと X の単射分解、つまり(一般には無限の)完全系列 0 → X → I 0 → I 1 → ⋯ {\displaystyle 0\rightarrow X\rightarrow I^{0}\rightarrow I^{1}\rightarrow \cdots } が構成できる。ここに、I* は単射対象である。このアイデアは一般化され、十分小さな n に対し Xn = 0 となる下に有界な双対鎖複体 X の分解を与える。上で注意したように、単射分解は一意的に定まらないが、任意の2つの分解が互いにホモトピー同値であり、ホモトピー圏では同型であるという事実がある。さらに、双対鎖複体の射は2つの与えられた単射分解の射へ一意的に拡張される。 これがホモトピー圏が再び重要な役割を果たす点である。 A {\displaystyle {\mathcal {A}}} の対象 X から A {\displaystyle {\mathcal {A}}} の(任意の)単射分解 I* への射は、函手 D + ( A ) → K + ( Inj ( A ) ) {\displaystyle D^{+}({\mathcal {A}})\rightarrow K^{+}(\operatorname {Inj} ({\mathcal {A}}))} へ拡張される。 この函手が実際にはじめに述べた標準的局所化函手の制限の逆であることは、容易に分かる。言い換えると、導来圏における Hom(X, Y) は、X と Y の両方を単射分解した後ホモトピー圏で射を計算することにより計算することができ、このほうが理論的にはより容易となる。実際には Y の分解だけで十分であり、任意の双対鎖複体 X と任意の下に有界な単射的双対鎖複体 Y に対し、 Hom D ( A ) ( X , Y ) = Hom K ( A ) ( X , Y ) {\displaystyle \operatorname {Hom} _{D({\mathcal {A}})}(X,Y)=\operatorname {Hom} _{K({\mathcal {A}})}(X,Y)} となる。 双対に、 A {\displaystyle {\mathcal {A}}} が十分射影対象を持つこと、つまり、すべての対象 X に対し、射影対象 P から X への全射が存在することを仮定すれば、単射分解の代わりに射影分解を使うこともできる。 この分解のテクニックに加えて、特別な場合に適用し、上に有界や下に有界の制限問題をエレガントに避ける同様な方法がある。Spaltenstein (1988) では、いわゆる K-単射分解や K-射影分解を使っている。May (2006) と(少し用語は異なっているが)Keller (1994) ではいわゆる胞体加群や準自由加群という用語が導入された。 さらに一般的には、定義を注意深い適用すると、完全圏(英語版)の導来圏を定義することもできる。
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