きずらだけのてんし【傷だらけの天使】
傷だらけの天使
傷だらけの天使
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/24 17:57 UTC 版)
『傷だらけの天使』(きずだらけのてんし) は、1974年10月5日から1975年3月29日まで、毎週土曜日22時00分 - 22時55分に日本テレビ系で放送された萩原健一、水谷豊出演のテレビドラマである。全26話。
注釈
- ^ 萩原健一は『ショーケン』( 講談社 2008年)の中で、「スポンサーの森永乳業からクレームがついた」と証言しているが[要ページ番号]、事実誤認である(本放送時のスポンサーは、HOYAメガネ、大沢商会、小林脳行、花王石鹸の4社)。
- ^ 当時DCブランドは、値下げするとブランド価値が下がるとされ、在庫は夢の島へ処分していたのを勿体無いと思い買い取ったとのこと。
- ^ 全放送回の脚本が遅筆で撮影当日までに仕上がらず、出演者には途中までの書きかけ台本が渡された(萩原は「覚えるのは二度手間」と台本を覚えずに来たりと抵抗)撮影も不手際が多く中には出演者のアドリブに丸投げという演出もあった。萩原は水谷から撮影が終わるとしきりと「芸能界を引退したい」と人生相談を受けた。クランクアップ後、萩原は日テレに「今度はちゃんとした現場でしたい」と注文を付け、その結果来たのが『前略おふくろ様』だった。また、この劣悪な撮影現場でも、当日までに台詞を覚えしっかりと演技をこなす水谷の真面目さに萩原は感心、この時の経験は『課長サンの厄年』の撮影で非常に役立ったという[18]
- ^ 永らくデイヴ平尾版の音源はマスター・テープ紛失という理由でデジタル化が見送られていたが、1994年、東芝EMIから発売されたコンピレーションCD『TVエイジャー テレビ世代のためのコレクターズアイテム』に「幻の名曲」として収録された。
- ^ 本来NET系列の同枠で放送の『テレビスター劇場・華麗なる一族』(毎日放送制作)は、中国放送(TBS系列)が同一時間帯にて2週遅れで放送していた。
出典
- ^ a b c d 週刊TVガイド 1974年11月15日号 25頁「レポート・傷だらけの天使 ショーケンが現代版“子連れ狼”に!?」
- ^ 後述の小説版では綾部の命令で不法に住んでいる占有屋行為だったとしている。
- ^ 原文ママ
- ^ 『我が道』 萩原健一 スポーツニッポン 2009年11月1日付より
- ^ 「消えた主役」名作ドラマ・映画の知られざる“交代劇”(4)「孤独のグルメ」は松重豊以外に候補が…
- ^ 「ショーケン最終章」p.73 萩原健一 講談社 2019年5月17日刊行
- ^ 『東宝見聞録』1960年代の映画撮影現場(P330~331) 磯野理 アスペクト 2011年11月2日発行
- ^ https://livedoor.blogimg.jp/zharkent/imgs/6/9/69bae44c.jpg
- ^ “代々木会館解体風景:2020年01月30日”. 初谷グループ. 2020年11月1日閲覧。
- ^ a b “ショーケン、名作“傷天”のタイトルバックは「どさくさ」初めて振り返った”. スポーツ報知. 報知新聞社. (2017年2月7日) 2017年2月8日閲覧。
- ^ 「傷だらけの天使」萩原さん朝食シーンが大人気に スポーツニッポン 2019年3月29日
- ^ 萩原健一×赤坂英一~青春のバイブル「アニキ~」と「アキラ!」の時代『傷だらけの天使』を語ろう
- ^ a b c d 深作山根、p231-232
- ^ BS12 トゥエルビ特番「萩原健一、『傷だらけの天使』を語る。」 ~"傷天"再放送に際し、テレビ初本格インタビューにショーケンが答える!~
- ^ 「ゴジラ映画を100倍楽しくする 東宝怪獣映画カルト・コラム 51 東宝特撮映画のテレビ流用例」『ENCYCLOPEDIA OF GODZILLA ゴジラ大百科 [メカゴジラ編]』監修 田中友幸、責任編集 川北紘一、Gakken〈Gakken MOOK〉、1993年12月10日、172頁。
- ^ 『週刊現代』(講談社)2012年4月21日号での萩原の発言より。
- ^ “Diverse Interpreten: Erfolge, Sammlerstücke & Raritäten - Peter Kreuder” (ドイツ語). Monopol-Verlag GmbH. 2010年9月8日閲覧。
- ^ 2013年12月1日TBSラジオ爆笑問題の日曜サンデーでの萩原の弁[出典無効]
- ^ 産経新聞、1979年12月4日(火曜日)テレビ・ラジオ欄。この時は平日16:00から再放送。
- ^ 河北新報マイクロフィルム1974年10月分のテレビ欄で確認。なお土曜22:00枠ではNET『題名のない音楽会』と『丹下左膳』などYTV木曜22時ドラマを遅れネットしていた。
- ^ 河北新報マイクロフィルム1974年10月分のテレビ欄で確認。なお土曜22:00枠では『うわさのチャンネル!!』を遅れネットしていた。
- ^ 中日新聞縮刷版1975年3月、4月分のテレビ欄にて確認。
- ^ 埼玉県を東京都知事が市町村合併で吸収合併し東京都となっている。
- 1 傷だらけの天使とは
- 2 傷だらけの天使の概要
- 3 スタッフ
- 4 脚注
傷だらけの天使
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/14 09:59 UTC 版)
「とんねるずのみなさんのおかげですのコーナー一覧」の記事における「傷だらけの天使」の解説
「火ワイ版1」で放送。第1話は石橋扮する主人公・オサムがオープニングを撮っている最中、監督(木梨)からのダメ出しをくらううちに食べ過ぎて腹が出てしまうという内容。第2話ではオサムと相棒のアキラ(木梨)に貴子(岸田今日子、声のみ)が電話越しにギャグをかます。
※この「傷だらけの天使」の解説は、「とんねるずのみなさんのおかげですのコーナー一覧」の解説の一部です。
「傷だらけの天使」を含む「とんねるずのみなさんのおかげですのコーナー一覧」の記事については、「とんねるずのみなさんのおかげですのコーナー一覧」の概要を参照ください。
傷だらけの天使
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/11/06 04:35 UTC 版)
「ペントハウスアパートメント」の記事における「傷だらけの天使」の解説
日本では1974年10月5日から1975年3月29日まで、毎週土曜日22:00 - 22:55に日本テレビ系で放送されたテレビドラマ『傷だらけの天使』で、主人公の木暮修(萩原健一)が古ぼけたペントハウスに住む印象的な設定となっていた。「エンジェルビル」こと代々木会館屋上のペントハウスが撮影に使用された。
※この「傷だらけの天使」の解説は、「ペントハウスアパートメント」の解説の一部です。
「傷だらけの天使」を含む「ペントハウスアパートメント」の記事については、「ペントハウスアパートメント」の概要を参照ください。
固有名詞の分類
- 傷だらけの天使のページへのリンク