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水谷豊

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/11/30 07:27 UTC 版)

みずたに ゆたか
水谷 豊
本名 同じ
生年月日 1952年7月14日(59歳)
出生地 日本の旗 北海道空知郡芦別町(現・芦別市
国籍 日本の旗 日本
血液型 A型
職業 俳優歌手
ジャンル テレビドラマ映画
活動期間 1965年 - 現在
活動内容 1965年劇団ひまわりへ入団
1970年:映画初出演
1977年:歌手デビュー
配偶者 伊藤蘭1989年 - )
家族 趣里
主な作品

ドラマ
傷だらけの天使
熱中時代シリーズ
刑事貴族シリーズ
相棒シリーズ
探偵 左文字進シリーズ
映画
青春の殺人者
相棒 -劇場版- 絶体絶命! 42.195km 東京ビッグシティマラソン
相棒 -劇場版II- 警視庁占拠! 特命係の一番長い夜
レコード
カリフォルニア・コネクション

水谷 豊(みずたに ゆたか、1952年7月14日 - )は、日本俳優歌手北海道空知郡芦別町(現・芦別市)出身。身長168cm、体重60kg、血液型はA型。トライサム所属。

目次

来歴

少年時代

三人兄弟の三男坊。北海道芦別市野花南、小平町達布など炭鉱街を炭鉱技師(出典不明)の父親の転勤に伴い転々とし、東京で育つ。東京都立川第一中学校(立川市)卒業(子供の頃によく諏訪神社で遊んでいたという)。大成高等学校三鷹市)卒業。

少年時代に白黒テレビを見て「この小さな箱がどうやって映るんだろう。いつかこの小さな箱に入ってみせるぞ」と考え、これが演劇の世界に入る遠因となったとのこと[1]

1965年、13歳のとき演劇に興味を持ち劇団ひまわりへ入団する。1968年フジテレビの『バンパイヤ』のオーディションを受けデビューしたと同時に見事主役に抜擢される。第一話では手塚治虫と共演を果たしている。

高校入学後に自分にはもっと合った世界があると思っていたことと、大学受験も考えていたため一度芝居を辞めた。その後、東京商船大学(現東京海洋大学海洋工学部)受験に失敗し、働きながら浪人生活を始めるが、あるときに「こんなことやっていてもいいのか?」という気持ちに強烈に襲われ、「来年もう一度受けるといってもそれまで自分のこの状態じゃ持たない」と思い発作的に2ヶ月ほど家出をした。その家出のときにはじめは行くあてもなかったため、家の近所の公園の滑り台の上で野宿をしたという。その後、もう一度役者をやらないかと誘われ、アルバイト感覚で役者の世界に戻った。

デビュー後

1970年には『その人は女教師』(共演:岩下志麻)で映画デビューを果たす。

1972年7月にスタートした日本テレビのドラマ『太陽にほえろ!』第1回に犯人役で出演している(日本テレビの思惑で基礎からしっかりとした演技が出来る者を共演させ補う為に抜擢された、松田優作の際にも同様の理由で出演)

1974年10月、日本テレビのドラマ『傷だらけの天使』に出演。深作欣二ら名だたる映画監督が演出したものの、当時は視聴率が伸び悩んだ。しかし視聴者からは当初より高く評価され、放送終了後も「名作」としての地位を得ており、DVD化されている。後に、主演の萩原健一に対して「兄貴ぃー!」と呼び掛けるセリフをとんねるずらがモノマネしたことなどから、放送当時を知らない若者にも知られるようになった。

この作品で初めてコンビを組んだ萩原を永遠の兄貴だと語っている。この作品で共演した岸田森に「豊には見ている人にその役が素だと思わせるような役者になってほしい。豊はそれが出来るやつだと思っている」と助言をされ、その言葉を今も大切に思っている。

1975年の映画『東京湾炎上』では、脚本を読んで予定の役柄とは逆の立場のテロリスト役を志願した。同じ日本人でありながら、大義のために日本人を追いつめる役を熱演した。1976年にはATG映画『青春の殺人者』でキネマ旬報賞主演男優賞を最年少で受賞するなど、早くから演技力の高さが評価されていた。

1977年には「はーばーらいと」(作詞:松本隆、作曲:井上陽水)で歌手デビュー。「表参道軟派ストリート」(作詞:阿木燿子、作曲:宇崎竜童)や「カリフォルニア・コネクション」(作詞:阿木燿子、作曲:平尾昌晃)をヒットさせる。

1978年10月、最高視聴率46.7%をたたき出したという伝説のドラマ『熱中時代(教師編)』の主演で大ブレイクし、視聴率の取れるTV界の大スターとなる。水谷自身それまで根付いていたイメージを払拭させた。主人公北野広大の特徴的な訛りのある口調が流行となるなど、一気にファンの幅を広げた。この人気を受けて『熱中時代』のタイトルだけを継承し、設定を一新した『熱中時代(刑事編)』もその後放送された。更に『教師編』は後に続編が1作、単発の2時間スペシャルドラマが3本作られた。後に共演する寺脇康文は『熱中時代』の時の水谷のモノマネが得意なほどの水谷ファン。

1986年の「Unlimited Night Concert」を最後に音楽活動を休止。水谷曰く「芝居の台詞と違って、決められたリズムの中で歌わなければいけない音楽の世界では歌の主人公のイメージが充分表現しきれていない。しかし、コンサート会場はいつもいっぱいでそんな現実と自分の想いのギャップに違和感を覚えていた」とのこと。

近年の活動

その後、2008年3月に22年ぶりに音楽活動を再開。代表曲「カリフォルニア・コネクション」などを中心にカバーしたアルバム『TIME CAPSULE』を発売した。若い頃の歌なのに、55歳という年齢になってようやく歌の世界がイメージできるようになってきたと自身が語っている。同アルバムはオリコンランキング・初登場2位を記録する大ヒットとなった。また、『TIME CAPSULE』発売記念イベントが2008年5月18日14時よりラゾーナ川崎PLAZAルーファ広場グランドステージで開催され、トークのほか「カリフォルニア・コネクション」「やさしさ紙芝居」「何んて優しい時代」の3曲を披露した。しかも22年のブランクすら感じさせない熱唱ぶりであった為、中には楽曲を聴いて感涙するファンの姿もあった。映画『相棒-劇場版-』の人気も重なり、会場には約1万人のファンが駆けつけ、会場の1階はもとより5階のテラスまでもが人で埋め尽くされた。この模様は翌日の各局の芸能ニュースでも放送され、かってのアイドルイベント並の勢いを彷彿とさせていた。観客の中には水谷本人からの意向により、『熱中時代』先生編第1シリーズの主題歌「ぼくの先生はフィーバー」を歌い、その第10話にも出演した原田潤が招待され、観客に混じって応援していた。

最近は『相棒』などのドラマや2時間ドラマ(『地方記者・立花陽介』、『探偵 左文字進』など)もシリーズ化されるなど、今なお、幅広い層から支持を受けている。

2009年には17年ぶりに『だましゑ歌麿』で時代劇に出演したが、水谷は「周囲から『時代劇と戦争物は似合わない』と思われているんじゃないかと思っていた」という[2]

2008年5月10日、『相棒』においての演技が評価され同じく主演を務める寺脇と共に第16回橋田賞俳優部門を受賞した[3]

2008年11月25日第59回NHK紅白歌合戦に初出場が決定する。発表の席には欠席したがVTRで登場。当たり役でもある杉下右京を髣髴とさせる演技を交えながらコメントを述べた。

2008年12月10日平成20年度の『ゆうもあ大賞』(理事長 大村崑)を受賞し、副賞の「舞昆」の京風おせちを受け取ると「正月に蘭さんといただきます」と照れながら喜んでいた。

2009年1月、自宅の玄関でみけんを痛打し顔を8針縫うけがを負った。出血もあったため、自宅近くの病院で患部を縫ったという[4]

2011年4月27日、第139回直木賞候補にもなった荻原浩の家族小説『愛しの座敷わらし』の映画化と、主人公の高橋晃一役を演じることが発表された。監督は『相棒』シリーズの和泉聖治。映画への単独主演は1983年公開の『逃がれの街』以来29年ぶりとなる。

2011年、第24回日本メガネベストドレッサー賞芸能界部門を受賞。

人物

  • 演じるキャラクターには庶民的な設定が多く、近年は比較的おとなしめの役(『相棒』が顕著)が多いが、『熱中時代』に出演するまでは、『傷だらけの天使』、『青春の殺人者』、『男たちの旅路』などで演じた、棘や影のある青年やチンピラなどの役で出演する事が多かった[5]。『刑事貴族』や『ハローグッバイ』、『探偵事務所』シリーズでは、シュールでスピード感のある破天荒かつ調子のいい二枚目半的な役も演じていた。また、記者役においては地方が舞台などの形が多く、刑事役においては、ロンドン在住経験やイギリス車を重用、さらにはロンドン警視庁での研修勤務経験があることなど、何らかの形でイギリスと関わりのある設定が多い。コーヒー派であるが、『相棒』での演技をきっかけに紅茶を嗜むようにもなった。
  • 熱中時代(教師編)』ではオルガンとギターの演奏、ダンス、水泳、跳び箱による展開着地を披露し、『赤い激流』『相棒』ではピアノ演奏も披露するなど、多才を発揮している。
  • 1982年に『熱中時代(刑事編)』で共演したミッキー・マッケンジーと結婚するも、1986年離婚。1989年には、『あんちゃん』、『事件記者チャボ!』などで共演した元キャンディーズ伊藤蘭と再婚した。再婚時、インタビューで「奥さんの事を何と呼んでますか?」との質問に恥ずかしがりながらも「ランちゃんさん」と答えて笑いを誘った[6]。その後、1女(趣里)をもうけた。現在でも変わらず妻の事を自宅でも「蘭さん」と呼んでいるそうで、「死ぬまでに1度はちゃん呼びしたいと思っている」と語っていた。また、娘の趣里には「ダダ」と呼ばれている。
  • あんちゃん』の後の『事件記者チャボ!』での伊藤蘭との共演は水谷が自ら指名して決まったという。この時指名したのは俳優としてもう一度共演がしたかったという理由だったが、当時周りには「好意を寄せているんじゃないか」と下手に勘ぐられたりしていたという。
  • 親友であった松田優作とは、互いを「優作ちゃん」、「豊ちゃん」と呼び合い、二人で旅行に行ったり、互いの主演番組にゲスト出演するほどの仲であった。二人の共通の友人である桃井かおりは若かりし頃に、「若い俳優達がたくさん出てきているが、その中でも優作と豊が一番俳優には向いていないと思う。二人には華がないし、短気すぎる。」と言ったことがあった[7]。 ちなみに松田は生前、自分よりも水谷の方が短気だと言っていた。
  • 少々ドジな性格で、寝ながらくしゃみをして肋骨を痛めたことがある。2009年1月28日に自宅のドアにぶつかって顔に7,8針を縫う怪我をした。怒るとふくれっ面になる癖があるらしい。『相棒』では完成した役柄として毎回紅茶を飲んでいるが、ティーポットのお茶を肩の高さから手元のカップに注ぐ優雅な仕草は、実際の撮影ではしばしば飛び散る紅茶による火傷を我慢しているという。また、右京役で紅茶を飲むようになって、紅茶のおいしさに目覚めたと語っている。撮影中に飲んでいるのは、アールグレイダージリンが基本で、たまにフレーバーティーを飲んでいる。
  • 「10年間住み続けている自宅の中で迷子になるほど」の大変な方向音痴だという。方向音痴の逸話は他にもカーナビの音声案内が終了した後で道に迷う、4階の楽屋へ行こうとしてエレベーターを3階で降り、フロアは真っ暗な上に部屋には鍵がかかっているのを「何で開いていないんだ!」と喚いていた所を目撃される、転居後半年たって旧宅に帰りクルマを降りてから表札で気付いた、など。下戸でもある。
  • とんねるずの2人とは友人であり、石橋貴明は番組内では「礼節をきっちりしないと怒る人」と語っていた。1980年代に共通の友人であるフジテレビの社員を通じての旧友であり、ちなみにはじめての出会いは焼肉屋だったという。赤坂のキャピトル東急の「ORIGAMI」という店の排骨拉麺は二人の思い出の料理らしくうたばん出演の際にお土産に持ってきた。石橋にはじめて東京競馬場に連れて行かれた際、「売り場のおねえさんはテレビのイメージでいるから礼節をきちんとしなければダメですよ」と言われ馬券売り場にて「今日は馬券買わしていただきます」と馬券売り場に挨拶をしてまわったという。大の伊藤蘭好きの木梨憲武にはじめて出会ったときのことを「憲武の目を見て、こいつはキケンだと思った」と語っている。また、木梨とは、水谷のセルフカバーアルバム『TIME CAPSULE』のプロモやコンサートにシークレットゲストとして参加したり(また、その際に「カリフォルニア・コネクション」を水谷と共に熱唱)、プライベートでもよく会う間柄である。
  • 師としている人物の一人である岸田森と同じく、「あの役は地でやっているのですか?」と聞かれることが一番の褒め言葉だという。
  • 趣味は手品をする事である。
  • 近年は『うたばん』などの気さくな性格が万人受けしたのか、老若男女のファンから支持を得ている。
  • 役作りについて、何をやる時もいろんなものが自分の中にあって、どれを色濃くするかが結果的になっている[9]



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  1. ^ 2008年4月26日放送『SmaSTATION!!』より
  2. ^ a b 「歌麿役の水谷豊 時代劇意識せず」、『東京新聞』〈芸能ワイド〉2009年(平成21年)9月11日(金曜日)、14面。より。
  3. ^ ZAKZAK (2008年4月10日). “テレ朝「相棒」の水谷&寺脇らが橋田賞…大賞なし”. 2009年2月4日閲覧。
  4. ^ ZAKZAK (2009年1月29日). “「自宅でも迷う」水谷豊、額をドアにぶつけ縫う”. 2009年2月4日閲覧。
  5. ^ 水谷によると、年齢が25歳を越え、これまで数多く演じていた不良っぽい役を演じる事に辛さを案じていた頃に出演依頼を受けたのが『熱中時代』だったという。
  6. ^ 2009年7月5日放送「おしゃれイズム」によれば「『ランちゃん』だと呼び捨てみたいな感じがするから」とのこと
  7. ^ 2006年8月19日SmaSTATION-5』での水谷談
  8. ^ なお、その写真はコンサートで展示した。
  9. ^ 2008年4月27日放送「相棒・劇場版公開直前SP 相棒〜完全ガイド〜」より


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