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岸田今日子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/21 12:05 UTC 版)

岸田 今日子(きしだ きょうこ、1930年4月29日 - 2006年12月17日)は、日本女優声優、童話作家。血液型はA型。身長156㎝。

自由学園高校卒業。父は劇作家文学座創設者の岸田國士(くにお)、母は翻訳家の岸田秋子[1][2] 。姉に詩人で童話作家の岸田衿子、従弟に俳優の岸田森がいる。俳優の仲谷昇は元夫。

吉行和子冨士眞奈美と親友であった[3]


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  1. ^ 鳥取県郷土人物文献データベース--きしだあきこ(鳥取県郷土人物文献データベースでは母名をきしだあきことしているが、きしだとしこが正しい。)
  2. ^ 岸田秋子の墓
  3. ^ 冨士とは、1962年のテレビドラマ『鏡子の家』で親友役として出演して以来、親友に。吉行とは2度続けて清水邦夫の芝居に一緒に出た後、1984年暮れから1985年初にかけて一緒にインド旅行をして以来の仲。そのインド旅行は、案内人の山際素男が著した本『脳みそカレー味』に描かれている。吉行は岸田のことを、「舞台と実生活の境目がない人でした。実生活でも幻想の中に生きているようなところがありました」とバラエティ番組の取材(2009年)に語った。
  4. ^ 変わった少女だった、と自身回想している。幼稚園にも行かず、空想に浸っていて、小学校では勉強についてゆけなかったと。小学5年生でも、割り算について「数が割れるなんて」と不思議でしょうがなかったと。
  5. ^ 自分を深く愛してくれた母の死に「これからは自分で生きてゆかなければ」と思ったという。「母の残した日記の中に『私の芸術に対する蕾(つぼみ)は、いつか花開く時は来るのだろうか?』という言葉を見つけが、その言葉はとても重く思えた、その言葉が私の人生をここまで引っ張ってきたようなものだ」と、岸田今日子は後に語った。
  6. ^ おしどり夫婦と世間から認められていた
  7. ^ 価値観がズレるようになった、とも
  8. ^ 娘に「おとうさんと、おかあさんは仲が悪いの?」と訊かれて、「おしどり夫婦などと世間からは言われて、人様の前にでているけれど、もうそうやって自分をいつわってゆくのは止めよう」と決意したという。
  9. ^ ムーミンの仕事を請けたのはそのためだった、と後にトーク番組で語ってもいる。声を収録するスタジオには、毎回、娘を連れていって見せていた、という。


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