HOYAとは?

Hoya

名前 ホーヤホヤ

HOYA

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2016/07/21 00:38 UTC 版)

HOYA株式会社
HOYA Corporation
Hoya Corporation logo.svg
Hoya corp head office nakaochiai shinjuku.JPG
HOYA本社
種類 株式会社
市場情報
東証1部 7741 1961年10月2日上場
本社所在地 日本の旗 日本
161-8525
東京都新宿区中落合二丁目7番5号
設立 1944年昭和19年)8月23日
(株式会社東洋光学硝子製造所)
業種 精密機器
事業内容 エレクトロオプティクス製品、ホトニクス製品、ビジョンケア製品、ヘルスケア製品及びペンタックス製品の製造販売
代表者 鈴木 洋(取締役兼代表執行役CEO)
資本金 62億64百万円
発行済株式総数 4億3501万7020株
売上高 連結:3606億73百万円
単独:2663億46百万円
2012年3月期)
純利益 連結:426億80百万円
単独:266億91百万円
(2012年3月期)
純資産 連結:3848億02百万円
単独:1807億97百万円
(2012年3月31日現在)
総資産 連結:5752億35百万円
単独:3425億04百万円
(2012年3月31日現在)
従業員数 連結:32,363名 単独:4,454名
(2012年3月31日現在)
決算期 3月31日
主要株主 日本トラスティ・サービス信託銀行株式会社(信託口) 7.03%
JPモルガン・チェース・バンク380055 4.94%
ステート ストリート バンク&トラストカンパニー 4.28%
(2012年3月31日現在)
主要子会社 関連会社参照
外部リンク http://www.hoya.co.jp/
特記事項:連結は国際財務報告基準ベースのため、売上高は売上収益、純利益は当期利益、純資産は親会社の所有者に帰属する持分。
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HOYA株式会社(ホーヤ、HOYA Corporation)は、日本の光学機器・ガラスメーカー。三水会みどり会の会員企業であり三和グループに属しているが[1][2]ペンタックスを合併してからは第一勧銀グループにも属している。

概要

社名は発祥の地である東京都保谷市ほうやし、現在の西東京市)に由来する。現在はその地に社屋は無く、本社は新宿区中落合に移転している。

マスクブランクス・半導体製造用フォトマスクなどの半導体部門、HDDプラッタなどのディスク部門、メガネコンタクトレンズなどのアイケア部門、眼科医療用の眼内レンズ、内視鏡などのメディカル部門、光学レンズなどの光学部門、情報システムASP・カスタマーソリューションなどのサービス部門、等の事業部門を持つ。眼鏡部門は国内トップクラスであるが、海外のシェアは高くはない。半導体製造用のマスクブランクス、HDD用のガラス基板事業における世界シェアはいずれも70%を超えている。

歴史

先の大戦中に創業した軍需向けレンズ等の光学ガラス生産が終戦で行き詰まり、戦後は江戸切子職人他の人材を集め高級硝子食器の生産へ参入。GHQ向けの受注を機に、海外向けを含むクリスタルガラス食器・シャンデリア生産へ拡大。その基礎を確立する。

ドッジラインオイルショック等の課題を経て、眼鏡レンズ、さらに半導体マスク、コンタクトレンズ、HDDなどの生産へと進出。多角化戦略の結果、各部門でトップシェアを誇るなど、日本を代表する精密機器ガラス企業となる。

沿革

  • 1941年11月 - 愛知県出身の山中正一、山中茂の兄弟が東京府保谷町(現在の東京都西東京市)で東洋光学硝子製造所を創業。光学ガラス製造に着手。
  • 1944年8月 - 資本金120万円の株式会社に改組。商号を(株)東洋光学硝子製造所に変更。
  • 1945年10月 - クリスタルガラス食器製造開始。
  • 1947年8月 - 商号を(株)保谷クリスタル硝子製造所に変更。
  • 1952年2月 - 光学ガラスBK7製造再開。
  • 1960年11月 - 昭和工場(東京都昭島市、現在の昭島工場)を新設。保谷光学工業(株)、山中光学工業(株)および保谷光学硝子販売(株)を吸収合併し、商号を(株)保谷硝子に変更。
  • 1961年10月 - 東京証券取引所市場第二部へ上場。
  • 1962年
  • 1963年5月 - 武蔵工場(埼玉県入間市)を新設。
  • 1967年4月 - 累進焦点メガネレンズを発売。
  • 1972年12月 - ソフトコンタクトレンズ製造開始。
  • 1973年2月 - 東京証券取引所および名古屋証券取引所の市場第一部へ指定替え。
  • 1974年1月 - 長坂工場(山梨県長坂町)を新設し、ICマスクサブストレート製造開始。HOYAオンラインシステム(メガネレンズの受発注)を発表。
  • 1976年 世界初、高品質クリスタルガラス量産に成功する。
  • 1982年10月 - 子会社の(株)保谷電子を吸収合併。
  • 1983年1月 - 八王子工場(東京都八王子市)を新設し、ICフォトマスク製造開始。
  • 1984年
    • 8月 - 新本社ビルを現在地に竣工。
    • 10月 - 子会社の(株)保谷レンズおよび(株)保谷クリスタルを吸収合併し、商号をHOYA(株)に変更(登記上の商号はホーヤ(株))。
  • 1985年4月 - 児玉開発研究所(埼玉県児玉町)を新設。
  • 1986年10月 - R&D(東京都昭島市)センター竣工。
  • 1987年
  • 1989年4月 - オランダにHOYA EUROPE B.V(現HOYA HOLDINGS N.V.)、米国にHOYA CORPORATION USAを設立。
  • 1991年3月 - HDD用ガラスディスクを発売。
  • 1993年10月 - HOYA グループ環境理念・環境基本原則を制定。
  • 1994年4月 - グループの機構改革を行い、3ディビジョン制(エレクトロオプティクス、ビジョンケア、クリスタル)へ移行。
  • 1995年6月 - 社外取締役制度を導入。
  • 1996年
    • 8月 - 米国IBM社とHDD用次世代ガラスディスク開発の技術協力開始。
    • 11月 - 熊本工場(熊本県菊池郡大津町)を新設。
  • 1997年
    • 4月 - カンパニー制を導入し2つのカンパニー(エレクトロオプティクス、ビジョンケア)と3つの事業子会社(HOYA PHOTONICS, INC.、HOYAヘルスケア(株)、HOYAクリスタル(株))へ機構改革。SAP社のERP(統合業務パッケージソフト)R/3を導入。
    • 5月 - シンガポールにエリア持株会社としてHOYA HOLDINGS ASIAPACIFIC PTE. LTD.を設け、先にオランダおよびアメリカにそれぞれ設置したHOYA HOLDINGS N.V.とHOYA HOLDINGS INC.の2社と合わせて欧州、北米、アジア各地域のエリア持株会社体制が整う。
    • 12月 - HOYA LENS DEUTSCHLAND GmbHがHOYAグループ最初のISO 14001を取得。
  • 1998年4月 - 四半期毎の連結決算発表を開始。五日市工場が国内主要工場で最初のISO 14001を取得。
  • 1999年
    • 2月 - 国内主要全工場でISO 14001を取得。
    • 9月 - ベルギーのメガネレンズ製造販売会社BUCHMANN OPTICALINDUSTRIES N.V.を買収。
  • 2000年
    • 4月 - アメリカのメガネレンズ加工販売会社OPTICAL RESOURCESGROUP, INC.を買収。(2001年3月、HOYA(株)の在外支店に組織変更)
    • 7月 - 沖電気工業(株)の半導体フォトマスク製造部門を譲り受ける。
  • 2001年
    • 5月 - 高屈折プラスチックレンズ素材「アイリー」を使用した「HOYALUXサミットプロ」および「NuLux EP」を発売。
    • 10月 - 軟性眼内レンズ(ソフトIOL)製造開始。
  • 2002年
    • 5月 - 半導体新基板材料3C-SiC製造販売を新会社にて開始。
    • 8月 - 大日本印刷(株)と次世代半導体用マスクブランクスの技術アライアンス締結。
    • 11月 - 商業登記規則の改正によりローマ字その他の符号が商号に使えるようになったことに伴い、登記上の商号をホーヤ(株)から、HOYA(株)に変更。
  • 2003年
    • 1月 - 名古屋証券取引所の市場第一部上場廃止。
    • 3月 - 子会社のHOYAクリスタル(株)、HOYAクリスタルショップ(株)を吸収合併。
    • 6月 - 委員会等設置会社へ移行。
    • 7月 - グローバルベースでの財務マネジメント機能を欧州エリア持株会社に移管。
  • 2004年
    • 2月 - 子会社のHOYA オプティクス(株)を吸収合併。
    • 3月 - 日本板硝子(株)のHDD 用ガラスディスク事業を譲り受ける。
    • 10月 - 米国預託証券(ADR)プログラムLevel-1を開設。
  • 2006年
    • 1月 - 武蔵工場閉鎖。なお跡地は2008年4月に「三井アウトレットパーク 入間」となった。
    • 12月21日 カメラ・医療機器大手のペンタックス(株)と経営統合し、2007年10月1日に「HOYAペンタックスホールディングス」へ称号を変更・事業再編を行うと発表。
  • 2007年
    • 4月9日 ペンタックス社長・浦野文男が経営陣から合併の同意を取り付けられなかった責任を取って辞任。これに伴い、合併計画は白紙撤回される。
    • 4月10日 ペンタックスに対し株式公開買付(TOB)による友好的買収・子会社化を提案したと発表。
    • 5月22日 ペンタックスはHOYAに対し、TOBの受諾を通知。
    • 8月6日 ペンタックス株の公開買付けを終了。全株式の90.59%を取得、買収額は944億8200万円。
    • 8月14日 ペンタックスを連結子会社とする。
  • 2008年
    • 3月31日 HOYAを存続会社とする吸収合併方式によりペンタックスと合併する。
  • 2009年
    • 3月31日 クリスタル事業を終了。
    • 11月30日 ペンタックスより引き継いだ測量機器事業を台湾儀器行に譲渡する。
  • 2010年
    • 1月1日 子会社のHOYA ヘルスケア(株)を吸収合併。
  • 2011年
    • 10月1日 ペンタックスより引き継いだイメージング・システム事業をリコーに譲渡する。

ペンタックスとの経営統合

カメラ大手ペンタックス2007年平成19年)10月をめどに新会社「HOYAペンタックスホールディングス」を設立し、医療向け事業の拡大やカメラ・レンズの一貫生産体制をはじめとした各事業の統合・効率化を図る方針であったが、ペンタックスの創業家である松本家が鈴木洋のカメラ事業を転売を示唆させる発言に激怒したことを背景にして、2007年(平成19年)4月にペンタックス側の経営陣が合併反対に動いたことから計画は白紙撤回された。これを受けて、HOYAは友好的買収による子会社化を発表。当初ペンタックス側はこれを拒否し、単独での経営を目指した中期経営計画を発表したが、阿部修平率いるスパークス投資顧問やフィデリティなどの大株主と資本市場に評価されず、結局5月22日株式公開買付 (TOB) による買収の受諾を通知した。これにより、HOYAは、7月3日からTOBを開始、8月6日までに90.59%の株式を取得し、8月14日にペンタックスを連結子会社としたが、経営陣の鈴木洋らは身内であるはずのHOYA創業家の一員である山中裕からも、買収価格の不適切さや手続きについて日経ビジネス2007年5月28日号[3]上で強い批判を受けた。

2007年10月29日、HOYA・ペンタックス両社は当初の計画通り合併による事業の統合・効率化がベストと判断し、2008年(平成20年)3月31日を効力発生日とする合併契約を締結した。2008年(平成20年)3月31日、HOYAを存続会社とする吸収合併方式にペンタックスと合併。ペンタックスは解散した。合併後の社名は「HOYA株式会社」だが、「PENTAX」ブランドは維持される。また一部HOYAと旧ペンタックスとで重複する製造部門・部署があるが、経営統合後も事業統合は行わなかった。合併前のHOYAは三和グループに属していたが[1][2]、第一勧銀グループに属していたペンタックス[1]との合併によりHOYAは三和色と第一勧銀色を併せ持つ企業となった。

ペンタックスより引き継いだ測量機器事業(現:TIアサヒ株式会社)は2009年11月30付で台湾儀器行に、デジタルカメラ・交換レンズなどのイメージング・システム事業(現:リコーイメージング株式会社)は2011年10月1日付けでリコーに譲渡された。

事業所

  • グローバル本社(東京都新宿区)
  • IRオフィス(東京都中野区
  • ブランクス事業部
  • マスク事業部
  • MD事業部
    • 新宿オフィス(東京都新宿区)
    • 長坂事業所(山梨県北杜市)
  • オプティクス事業部
    • 昭島工場・営業部(東京都昭島市
  • ビジョンケアカンパニー
    • 日本本部(東京都中野区)
  • メディカル事業部
    • 日本統括本部(東京都中野区)
    • HOYAメディカルリサーチセンター(東京都板橋区
    • HOYAメディカルロジスティックスセンター(埼玉県本庄市
    • 国内7営業所
  • アイケア事業部
    • 本部(東京都中野区)
  • PENTAX

関連会社

  • HOYAサービス株式会社 - 「モヤモヤさまぁ〜ず2」「やすだの歩き方」のナレーションに採用されている音声合成ソフトウェア「VoiceText」は現在当社から発売されている。
  • HOYA CANDEO OPTRONICS株式会社
  • アヴァンストレート株式会社(旧NHテクノグラス)
  • HOLTジャパン株式会社

評価

1996年(平成8年)5月頃から2002年(平成14年)11月頃まで販売していた、眼鏡レンズの耐衝撃性強化加工「シプラスコート」(加工料、レンズ1枚につき2,000円)について、この加工を全く行わず計36,000枚(7200万円相当)を出荷していた[4]。これが不当景品類及び不当表示防止法に違反する(優良誤認)として、公正取引委員会より排除命令を受けている[5]。問題発覚後、マスコミの取材に対して「加工済みかどうかはレンズを割らないと判断できないため、交換・返金は極めて難しい」[6]とコメントした。積極的な交換・返金に応じていないとの批判を受けている。2009年(平成21年)4月現在、同社のウェブサイトでシプラスコートに関する記述は、2003年4月7日付のニュースリリース[7]と2003年6月13日付のニュースリリース[8]を除いて見つけることができない。

2001年、米国ローレンス・リバモア国立研究所レーザー核融合施設「国立点火施設」(National Ignition Facility; NIF)にレーザー光線増幅用の特殊ガラスを納入したこと[9]に対して、核兵器の性能維持・開発に協力するものとして、原爆被爆者、広島市長、長崎市長、原水禁などから批判を受けている[10][11]

その他

提供番組

過去 提クレが「HOYAメガネ」表記となっているものはいずれも旧社名・保谷硝子時代当時のものである。

注記・参考資料

  1. ^ a b c 六大企業集団の無機能化 (PDF) - 同志社大学学術情報検索システム内にあるページ。筆者は経済学者の田中彰。
  2. ^ a b メンバー会社一覧 - みどり会
  3. ^ 日経ビジネス2007年5月28日号
  4. ^ '02HOYA「めがね用レンズ(無償交換)」
  5. ^ 平成15年(排)第1号 排除命令 公正取引委員会 審決等データベースシステム
    HOYA株式会社に対する排除命令について 2003年3月28日 公正取引委員会
    '03HOYA「めがね用レンズ(公正取引委員会の排除命令に基づく公示)」
  6. ^ 「景品表示法違反でHOYAに排除命令 公取委」 朝日新聞(Asahi.com) 2003年3月28日18時31分
  7. ^ シプラス加工品についてのお詫びとご案内 HOYA株式会社 ニュースリリース 2003年4月7日
  8. ^ シプラス加工品についての(特設)「お客様センター」 開設時間変更のお知らせ HOYA株式会社 ニュースリリース 2003年6月13日
  9. ^ ローレンス・リバモア国立研究所の2001年1月24日付ニュースリリース Hoya Corporation Produces More Than 600 Laser Glass Slabs for LLNL's National Ignition Facility は、NIFがアメリカ合衆国エネルギー省核兵器維持管理プログラムにとって要石のひとつであると説明している。
  10. ^ 水爆研究施設に協力するHOYAに関する資料集 原水爆禁止日本国民会議
  11. ^ 衆議院 会議録 第151回国会 安全保障委員会 第8号(平成13年6月14日(木曜日))
  12. ^ 申告漏れ:200億円、HOYAに指摘−−東京国税局 毎日新聞 2013年6月29日

外部リンク


ホーヤ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/04/08 01:54 UTC 版)

(HOYA から転送)

紋章 地図
(郡の位置)
Hoya.gif Locator map NI in Germany.svg
基本情報
連邦州: ニーダーザクセン州
郡: ニーンブルク/ヴェーザー郡
緯度経度: 北緯52度48分
東経09度08分
標高: 海抜 14 m
面積: 8.42 km²
人口:

3,714人(2010年12月31日現在) [1]

人口密度: 441 人/km²
郵便番号: 27318
市外局番: 04251
ナンバープレート: NI
自治体コード: 03 2 56 014
行政庁舎の住所: Schloßplatz 2
27318 Hoya
ウェブサイト: www.hoya-weser.de
首長: アンネ・ゾフィー・ヴァスナー (Anne Sophie Wasner)
郡内の位置
Hoya in NI.svg

ホーヤ (Hoya) は、ドイツ連邦共和国ニーダーザクセン州ニーンブルク/ヴェーザー郡に属す都市で、ザムトゲマインデ・グラーフシャフト・ホーヤの本部所在地である。

目次

地理

地名の意味

ホーヤは1150年頃の『聖ベルンヴァルトの奇蹟』に「Hoge」という名で初めて記載されている。これは古ザクセン語で「高い」を意味すると解釈されている。これがやがて「de Hogen」と形を変えた。さらに中世になると子音の軟化(-g- が -j- や -y- に変化すること)や、語尾がローマ風の -a になるという変化が起こった。これは皇帝の書記官の嗜好を反映した表記法であったが文語の権威に押されて、口語でもこうした名称が使われるようになっていった。ヴェーザー川上流のボーダーヴェルデン近郊の集落 Hajen(現在はエンマータールの一部)も昔は Hogen といいう名称であった。

低地ドイツ語ではこの街を Haaien と呼ぶ。地元での「自然な」発音変化を標準ドイツ語の表記で綴ると de Hogen - de Hoyen - de Haaien と変化したことになる。

歴史

1647年のホーヤ (Hoia) の版画

ホーヤは12世紀から存在する街である。ホーヤ伯の家系は、おそらくシュトゥンペンハウゼン伯(ヴィーツェン近郊のシュトゥンペンハウゼン城に拠った)に由来する。ホーヤ伯の居館は、初めはホーヤ城であったが、後に伯家は2系列に分裂し、ニーンブルク・アン・デア・ヴェーザーにも居館が設けられた。

16世紀の初めにホーヤ系の家系が断絶してホーヤ伯家は一旦統合された。しかし16世紀末にはニーンブルク系の伯家も断絶したため、そのレーエンや相続領はヴェルフェン家の所領となった。ホーヤ伯家の家紋(2本の黒いクマの手)は、ヴェルフェン家の別紋とされた。ホーヤ伯家の遺領の大部分はフレッケン・ホーヤ(フレッケンは都市権を有さないが市場開催など一定の自治権を認められた町村)とともに、ツェレを首都とするリューネブルク侯領に編入された。

ホーヤを含むリューネブルク侯領は、ゲオルク・ヴィルヘルムが亡くなった1705年以後はハノーファー選帝侯領(1805年以降はハノーファー王国)に属した。プロイセンによるハノーファー王国併合後、1866年からホーヤはプロイセンのハノーファー管区に所属した。その後、プロイセンの行政改革に伴ってフレッケン・ホーヤを首邑とするグラーフシャフト・ホーヤ郡が創設された。1929年、ホーヤに都市権が授けられた。その3年後にはジーケが郡庁所在地となった。1974年の地域改革によりホーヤを中心とするザムトゲマインデ・ホーヤ(集合自治体)が発足した。

このザムトゲマインデは1977年以降ザムトゲマインデ・グラーフシャフト・ホーヤと改名し、ニーンブルク/ヴェーザー郡の一部となった。

行政

市庁舎

議会

ホーヤの市議会は15議席からなる。

紋章

赤地に様式化された城。城は青い屋根の塔や隅の張り出し部を有している。幅広の中央の塔には金の紋章が掲げられている。紋章には下端がつながった赤い爪のある黒いクマの手が描かれている。

姉妹都市

ホーヤ市は1945年から東プロイセン北部のアレンブルク(現在はロシア連邦カリーニングラード州ドルシュバ)に対する援助協力関係を結んでいた。

文化と見所

ホーヤ城趾

建造物と公園

  • ホーヤ城は、18世紀後半に主塔やその他の建物が解体された後は、中世の建造物はわずかな遺構が遺るのみである。城趾には、ホーヤ区裁判所管区が廃止されるまでは区裁判所が置かれていた。現在は、ニーンブルク区裁判所の支所が置かれている。
  • ヴェーザー川右岸にある聖マルティヌス旧教区教会は大規模なゴシック建築であるが、大部分は18世紀(木組み建築の長堂)および19世紀(塔)に造営されたものである。特筆すべきはゴシック時代の墓標板である。これは教会外のレリーフとともに風化が進行している。プロテスタント教会は1967年に聖マルティン教会を放棄してマルティン・ルター教会を建設した。ヴェーザー川左岸に建てられた新しい教会は、その風変わりな外観から「魂の発射台」と呼ばれている。一方、古い教会堂は1995年以降包括的な改修がなされた後「マルティン教会文化センター」として利用されている。この教会がかつて城内礼拝堂であったという資料が時折見られるが、これは誤りである。こうした誤解は、19世紀のニーンブルクの教師で郷土史家であったガーデに由来している。城内礼拝堂は城の中にあるはずだが、ホーヤ城とマルティン教会は遠く離れているのである。ただし、マルティン教会がホーヤ伯家の廟所であったことは事実である。
  • 街の中心部に17世紀初めから19世紀の興味深い木組み建築が何棟か遺されている。ダイヒ通り11番の建物は17世紀半ばに建設された3階建てで破風が幾重にも突き出している。ダイヒ通り13番の建物は、やはり3階建てで、1658年に建てられた。ダイヒ通り14番の1階は1905年に造られたコンクリート製破風が、1604年建造の市内で最も古い家屋を覆っていた。1階の壁は建築史上重要なものであったにもかかわらず2007年12月に解体された。この木組み建築は、その後別の場所に一部が再建された。
  • 教会の近くに市民公園がある。その主要部分はブレーメン伯が遺贈した公園とフレッケン時代に最初に造られた公営墓地の敷地である。市民公園には様々な珍しい樹木や植物、歴史記念碑がある。

公共空間の芸術品

『こびとの泉』

ホーヤの市内には芸術家が制作した3つの全く異なった作品がある。これらの芸術作品は、真鍮砂岩木材合成樹脂特殊鋼など様々な素材で創られている。

  • ホーヤ市中心部のランゲン通りにあるR.ドゥーヴェとR.クビナ作の『こびとの泉』(1989年)。これは銅、真鍮、砂岩、木材で創られている。この像はホーヤ城のこびとにまつわる伝説を造形的に表現したものである。
  • ヴェーザー橋近くの「ファミラ・マルクト」にある2匹のウナギ像(2004年、合成樹脂と特殊鋼製)。これはA.ビットナー、U.ビットナー、R.D.ネーレンベルクによる作品である。この作品は旧市街との絆を表現しており、またホーヤとヴェーザー川との結びつきをも表している。
  • ホーヤ貯蓄銀行の銀行ホールにはシュヴェリンゲンの芸術家ゴットリープ・ポット・ドア (1905 - 1978) が1950年代に制作した壁画がある。

経済と社会資本

Smurfit Kappa グループの製紙工場

経済

この街の最大の雇用主は300人以上の従業員を擁する Smurfit Kappa グループの製紙工場である。

交通

道路

ヴェーザー川沿いの重要な位置を占め、ニーンブルク郡北部の中心都市として機能を持つにもかかわらず、市内を通る広域自動車道はなく、交通網への接続がよいというに過ぎない。この街では、ハッセルからブルーフハウゼン=フィルゼンへの道路とヒルガーミッセンからビュッケンへの道路が交差している。

鉄道

ホーヤはグラーフシャフト・ホーヤ交通会社が運営するアイストルプからホーヤやブルーフハウゼン=フィルゼンを経由してジーケに至る鉄道路線沿いに位置する。この路線は歴史的にはホーヤから互いに逆方向に運行する2つ別々の路線であったが、ヴェーザー橋によって相互乗り入れを果たし、合併したものである。現在この路線の旅客運行は保存鉄道『カフキーカー号』に限られており、他は貨物列車だけが走っている。かつてはホーヤからビュッケンへの路線もあった。

その他の交通

ホーヤはヴェーザー川観光船の停泊地である。また、SFVホーヤ v. 1931 e.V. のグライダー飛行場がある。

施設

ホーヤには技術救難連邦訓練所ホーヤ校がある。これは全部で2校ある技術救難の連邦訓練所の1つである。また、ニーダーザクセン乗馬学校もある。かつては病院があったが、レーン病院が出来たことで廃止・解体された。最寄りの病院はニーンブルク/ヴェーザーのミッテルヴェーザー病院(レーン病院)とフェルデン (アラー)のアラー=ヴェーザー病院である。

人物

出身者

  • ヨハン・ベックマン (1739 - 1811) 哲学、経済学教授。ゲッティンゲン王立学術アカデミー会員。テクノロジー学の創始者。
  • マルティン・ハスペルマート (1963 - ) 言語学者

ゆかりの人物

  • ローゼル・ツェヒ (1942 - ) 舞台・映画女優。ホーヤで育った。

参考文献

  • Heinrich Gade: Geschichte des Fleckens Hoya. In: Zeitschrift des historischen Vereins für Niedersachsen, Jahrgang 1866; Hannover 1867
  • Bernd Ulrich Hucker: Hoya und die Welt - im Flug durch 1000 Jahre. Hoyaer Hefte Nr. 6, Hoya 2002
  • Daniel Fraenkel: Hoya. In: Herbert Obenaus (Hrsg. in Zusammenarbeit mit David Bankier und Daniel Fraenkel): Historisches Handbuch der jüdischen Gemeinden in Niedersachsen und Bremen. Band 1 und 2 (1668 S.), Göttingen 2005, pp. 893-899

引用

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