B.J.ライアン B.J.ライアンの概要

B.J.ライアン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/10/28 08:43 UTC 版)

B.J.ライアン
B. J. Ryan
トロント・ブルージェイズ時代
(2008年5月26日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国
出身地 ルイジアナ州ボージャーシティ
生年月日 (1975-12-28) 1975年12月28日(46歳)
身長
体重
6' 6" =約198.1 cm
260 lb =約117.9 kg
選手情報
投球・打席 投左打
ポジション 投手
プロ入り 1998年 17巡目(全体500位)
初出場 1999年7月28日
最終出場 2009年7月5日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

経歴

1998年のMLBドラフト17巡目(全体500位)でシンシナティ・レッズに指名されて入団。翌1999年7月28日にメジャーデビューを果たすが、1試合に登板しただけで、同年の7月31日にボルチモア・オリオールズトレードされる。移籍先では13試合に投げて防御率2.95の好成績を残す。

2000年開幕から5月2日までの1失点に抑えていたが、それ以後の9試合の登板で16自責点の成績で、6月9日にマイナーリーグへ降格した[1]。その後マイナーでは14試合に登板し、オールスター・フューチャーズゲームに投げてはいないが選出されている[1]。7月30日にメジャーへ復帰し、新人投手としてリーグ4位の42試合に登板したが、防御率は5.91に終わった[1]

メジャーで1年を通してプレーをした2001年はチームでバディ・グルーム英語版の70試合に次ぐ61試合に登板し、5月16日にメジャー初セーブを記録した[2]2002年は67試合に登板した。

2003年に一気に飛躍。ティッピー・マルティネス英語版(1982年)の球団記録に並ぶ76試合に登板し、防御率も前年の4.68から3.40まで下げ、奪三振率は11.25でリーグ2位[3]2004年も好調を続け、昨年記録した球団タイ記録と同じ76試合に登板。防御率は2.28まで下がった。リリーフとして122奪三振を記録し、奪三振率は昨年を上回り、アーマンド・ベニテス(1997年 13.01)に次ぐ球団史上2位となる12.62[4]5月1日の対デトロイト・タイガース戦では、打者に対して1球も投げずに降板し、勝利投手になるという珍しい記録を残している。1-2と1点を追う7回2死1塁で登板すると、初球を投げる前に1塁走者だったオマー・インファンテ牽制球で刺してチェンジ、直後に味方打線が3点を奪い逆転し、残る8回と9回を別の投手が引き継いでリードを守りきったため、打者に対して1球も投げずに勝利投手になった(0球勝利)。

続く2005年は、コントロールが定まらなかったホルヘ・フリオに代わり、抑え投手としてシーズンを迎えると、あれよあれよのピッチングを見せて36セーブをマーク。一躍オリオールズのクローザーに躍り出たかに見えたが、同年オフにフリーエージェントとなり、同年11月に救援投手史上最高額となる5年4700万ドルでトロント・ブルージェイズと契約した(従来の最高額はマリアノ・リベラの4年4000万ドル)[5]

2006年もクローザーとしてしっかりと役割を果たし、リーグ3位となる38セーブをマーク。しかも、防御率は1.37という驚異的な数字で、その数字はあのニューヨーク・ヤンキースの抑えの切り札である大投手・マリアノ・リベラをも上回る数字だった(リベラの防御率は1.80)。また、この年の38セーブは、ブルージェイズ史上4人目の年間35セーブ達成者となる快挙であった。

しかし、2007年はわずか5試合の登板に終わった。4月14日の登板で4失点で救援失敗。翌日に左ヒジ痛が発覚して故障者リスト入り。予想以上に重症でトミー・ジョン手術を受けた[6]

2009年7月8日にブルージェイズから解雇された。その後、7月16日シカゴ・カブスとマイナー契約を結んだが、メジャー昇格を果たせないまま8月5日にカブスから解雇された。

選手としての特徴

スリークォーターまたははややサイドスロー気味から、ツーシームスライダーを中心に投げ分ける。与四球がやや多いものの、奪三振率も高い。

左投手でもあり、左打者には滅法強い。クローザーに抜擢される以前は左打者に対するリリーフとして起用されていた。


  1. ^ a b c B.J. Ryan 2000 Career Highlights” (英語). 2008年5月4日閲覧。
  2. ^ B.J. Ryan 2001 Career Highlights” (英語). 2008年5月4日閲覧。
  3. ^ B.J. Ryan 2003 Career Highlights” (英語). 2008年5月4日閲覧。
  4. ^ B.J. Ryan 2004 Career Highlights” (英語). 2008年5月4日閲覧。
  5. ^ Reports: Jays, closer Ryan agree to 5 years, $47M”. ESPN (2015年11月26日). 2018年5月13日閲覧。
  6. ^ 村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2008』廣済堂出版、2008年、76頁頁。ISBN 978-4-331-51300-2 


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