誘導 誘導の概要

誘導

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/17 09:18 UTC 版)

概説

生物の、特に動物の発生は、細胞分裂による細胞の増殖と共に、それぞれの細胞が特定の組織や器官に分化していく過程である。このとき、細胞自身は自律的に分化する能力も持っているが、他の細胞や組織からある種の作用を受けることで異なった方向へ分化を始める例が知られる。このような細胞間の相互作用を誘導と呼ぶ[1]

この現象ははじめにシュペーマンによって発見された。彼はイモリの原口背唇部が発生の際に特別な振る舞いをすることに注目し、その部位を別の胚に移植することで、本来の頭部以外に新たに一つの頭部(二次胚)を持つ胚を作らせた。これによってこの部位が周囲に働きかけて頭部を構成する諸器官を作らせるものとして、その働きを誘導と呼んだ。それから同様の現象は他の部位でも見られることを示し、誘導が発生の様々な段階に見られること、その連鎖的な反応で胚の形が作り上げられることを示した。なお、原口背唇部自体も誘導の結果によって作られることは、後に示されている。

誘導の機構や原因物質の解明は、その当時は明確にすることが出来ず、これは後に分子遺伝学等の発展により、研究が進み始めた。特にピーター・ニューコープ(Pieter Nieuwkoop)によって発見された中胚葉誘導は、その解明が進む契機となった。だが、詳細については未だに不明の部分が大きい。

大まかな仕組み

誘導は胚の細胞群が胚葉や組織に分化する際に、他の部分から影響を受けてその方向を決める、あるいは変える仕組みとして発見されたが、現在では細胞間の相互作用と見なされている。

誘導は特定の細胞から特定の細胞への働きかけであり、不特定の細胞間に成立するものではない。誘導する側の能力を誘導能、誘導を受ける側の能力を応答能という[2]

動物の形態形成の仕組みを説明するために、誘導因子の存在が想定されてきた。未分化の細胞から特定の組織が分化する場合、そのような因子の濃度勾配に応じて、個々の細胞が異なった反応をすることで形態が作られてゆくと考えるもので、この因子は古くからモルフォゲンと名付けられてきた。

このような観点から、誘導は細胞間相互作用のシグナル伝達を通じて行われるもので、そこで働くシグナル分子を特定し、その機能を調べるという形をとっている。そのためには分子遺伝学的な手法が利用されるようになっている。特に誘導因子の確認にはアニマルキャップ検定という技法が多用される[3]

歴史

実験発生学の開祖ルーの弟子であったシュペーマンは、1898年頃からカエルを対象に、眼の形成過程の研究を行い、ここで神経管より生じた眼杯の影響で表皮から水晶体が出来るらしいとの結果を得たが、これについては確証が得られなかった[4]

また、1915年頃から、彼は胞胚期の胚に於いて交換移植の実験を始めた。そこで彼は原口背唇部を移植することで、本来の頭部以外にもう一つの頭(二次胚)を生じた胚を得た。この実験では同種の細胞を移植したため、移植片がどうなったのかが明らかに出来なかった。そこで彼の弟子のヒルデ・マンゴルトは2種のイモリの間で同様の実験を行い、これによって二次胚が生じること、移植片はその中で脊索を中心とする中胚葉になったことを確認した[5]。この結果はシュペーマンとの連名で1924年に発表され、これが誘導現象の発見とされる。これ以降、誘導現象の詳細やその機構についての研究が多く行われるが、はかばかしい結果は得られなかった。シュペーマンは1935年にこの業績でノーベル賞を受賞した。

1969年にニューコープは中胚葉が外胚葉から内胚葉によって誘導されることを示した。これは中胚葉誘導と呼ばれる。この誘導に働く因子は1990年代になって単離されるようになり[6]、特に浅島誠が単離したアクチビンは非常に強い中胚葉誘導の活性があることが示された[7]。それを契機にシュペーマンの神経誘導についても研究が進み始め、幾つかの因子が発見されている。だが、いずれも単一の因子で説明出来るような簡単な現象ではないことが明らかとなっており、研究は途上である。


  1. ^ 浅島・武田(2007),p.46
  2. ^ 木下・浅島(2003)p.89
  3. ^ 木下・浅島(2003)p.98
  4. ^ a b c 吉川・西沢代(1969)p.77
  5. ^ 岡田・木原(1950),p.142-143
  6. ^ 東中川他(2008)p.6
  7. ^ 浅島・武田(2007)p.51
  8. ^ 岡田・木原(1950),p.142
  9. ^ 岡田・木原(1950),p.143
  10. ^ a b 伊勢村他編(1966)p.139
  11. ^ a b 東中川他(2008)p.86
  12. ^ a b 岡田・木原(1950)p.61
  13. ^ 岡田・木原(1950)p.143
  14. ^ 岡田・木原(1950)p.144
  15. ^ 岡田・木原(1950)p.146
  16. ^ 木下・浅島(2003)p.155-157
  17. ^ 岡田・木原(1950)p.202-204
  18. ^ a b 東中川他(2008)p.88
  19. ^ 東中川他(2008)p.73
  20. ^ 岡田・木原(1950)p.147
  21. ^ a b 浅島・武田(2007)p.49
  22. ^ 岡田・木原(1950)p.148
  23. ^ 木下・浅島(2003)p.180
  24. ^ 浅島・武田(2007)p.46
  25. ^ 木下・浅島(2003)p.178-183
  26. ^ 岡田・木原(1950)p.149-150
  27. ^ a b 岡田・木原(1950)p.151
  28. ^ 岡田・木原(1950)p.139
  29. ^ 伊勢村他編(1966)p.136
  30. ^ 東中川他(2008)p.87
  31. ^ 木下・浅島(2003)p.148
  32. ^ 浅島・武田(2007)p.47-48
  33. ^ 東中川他(2008)p.83-84
  34. ^ 浅島・武田(2007)p.47
  35. ^ a b 木下・浅島(2003)p.94-96
  36. ^ 木下・浅島(2003)p.102-105
  37. ^ 木下・浅島(2003)p.105-106
  38. ^ 木下・浅島(2003)p.128-132






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