聖餐論 聖公会の聖餐理解

聖餐論

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/12 06:09 UTC 版)

聖公会の聖餐理解

16世紀にローマ・カトリック教会と袂を分かって成立したイングランド国教会(のちの聖公会)においては、過去も現在も、聖餐論に関して個々の聖職者や信徒によって様々な理解がなされているが、概して、カトリックの全実体変化説も、一部プロテスタントの象徴説からも距離を置く。

イングランド国教会がその基本的立場を表明したものに、1563年に制定された『イングランド国教会の39箇条』(聖公会大綱)[19]がある。そして、その第28条では主の晩餐についてを規定しているが、「パンとぶどう酒の実体変化は聖書によって証明されることが出来ない。」として実体変化説を懐疑し、「信仰を持って正しく拝領をする者には、パンはキリストの体を、ぶどう酒はキリストの血をあずかることになる。」としている。ただし、この大綱は聖公会所属の全教会に求められる共通の信仰告白ではない。これを採用するかしないかは各聖公会管区の自主性に委ねられている(日本聖公会1887年の組織成立時にこれを「特定の時代の特定の教会が特定の問題に対処するために作成した文書」と判断し、採用を見送っている[20])。アングリカン・コミュニオン(聖公会)の一致は「シカゴ-ランベス四綱領[21]を受け入れカンタベリー大主教の監督するカンタベリー管区完全相互陪餐の関係にあることで承認されるが、シカゴ-ランベス四綱領では聖餐についてを洗礼とともにキリストが制定したサクラメント(聖奠)として規定しているのみで、パンとぶどう酒に関する理解には共通の告白が求められていない。とはいえ、やはり聖公会大綱で規定されている理解が聖公会神学における聖餐論の基本となっている。

日本聖公会の聖餐に関する見解も聖公会大綱の規定とほぼ同じで、パンとぶどう酒の形質やキリストの実存については触れず、「聖餐によって与えられる霊の恵みは、キリストの体と血、信徒は信仰をもってこれにあずかる」[22]としている。

これを理解するにあたって、聖公会所属の教会には伝統的に「ハイ・チャーチ」(高教会派)と呼ばれるカトリックの信仰に近い神学・典礼様式を持つ教会と、「ロウ・チャーチ」(低教会派)と呼ばれるよりプロテスタントに近い立場をとる教会、そしてその中道的立場の「ブロード・チャーチ」(広教会派)と呼ばれる教会があり、各々の伝統と聖職者・信徒自身の神学的傾向によって聖餐理解もカトリックに近いものから他のプロテスタント教派に近い立場まで幅があることを念頭に置く必要がある。即ち、パンとぶどう酒の中にキリストの体と血が実存するとする立場から、パンとぶどう酒はそのままでも陪餐する時にキリストが現臨在するとする霊的臨在説を支持する立場まで幅広く存在する。

カトリック教会と袂を分かつにあたって、イングランド国教会は自らの信仰の基を聖書に求めたのであるが、聖餐に繋がると考えられる聖書の箇所として、いわゆる最後の晩餐の席上ではイエス・キリストがパンとぶどう酒を使徒たちに示しながら、自身の体と血であると宣言し、またヨハネによる福音書6章では「私の肉は真実の食物、私の血は真実の飲み物」と語っている。従って聖書から導き出し得る結論は「パンとぶどう酒はキリストの体である」ということで、それ以上でもそれ以下でもないとする。また正当に按手を受けた司祭が祈祷書に則って行う聖餐式にて聖別されたパンとぶどう酒の形質や実存に何らかの変化があるとすれば、それは司式司祭の信仰や神学によったものになるとはせず、陪餐する各個人の信仰による理解・解釈に委ねるという立場を取る。

ただ、どのように解釈・理解するのであれ聖餐はキリストの体と血に与るものであるとし、それは祈祷書の聖餐式の式文にある「どうかみ言葉と聖霊により、主の賜物であるこのパンとぶどう酒を祝し、聖として、わたしたちのためにみ子の尊い体と血にしてください」[23]という聖別の一文からもわかる。また、「イエス・キリストの肉を食し、その血を飲み」[24]「あなたのために与えられた主イエス・キリストの体」「あなたのために流された主イエス・キリストの血」[25]などといった語句が用いられている。従って未受洗者の陪餐は認めず、パンとぶどう酒を単なる象徴や記号に過ぎないとする象徴説とは相容れない。このように信仰の核心の一つである聖餐論にある程度の幅を持たせた「緩やかさ」を、神学的な曖昧さとして聖公会神学の弱点とみるか、聖書の記述に則った柔軟さとして肯定的に捉えるかは意見の分かれるところである。

また、聖餐の生贄的性質についてもプロテスタント諸派と異なって必ずしも否定せず、聖餐式文には「み子がただ一たび献げられた十字架の犠牲を記念し」「どうかこの感謝・賛美のいけにえを天の祭壇に至らせ」[26]といった語句がある。

なお、聖公会では従来、原則的に洗礼を受けた後、堅信を受けてはじめて陪餐することが出来ることになっていた。他教派の信者で、自教会で陪餐資格がある者が聖公会の聖餐式に参祷した時は、主にあっての兄弟姉妹として聖餐に招かれるが、他教派から聖公会に転会する場合、聖公会としての聖餐理解を学び堅信を受けるまで一時的に陪餐停止になることがあった。近年ではそれが見直されつつあり、日本聖公会では2017年以降、堅信前の陪餐が可能となった[27]。それに伴い、ローマ・カトリック教会の「初聖体」と同様に、幼児洗礼を受けた者は概ね学齢期になると、聖餐理解を学んで初陪餐を受ける習慣が始まった。


  1. ^ 荒井 1998.
  2. ^ 荒井 1998, p. 34.
  3. ^ キリスト教に関するレファレンス”. antiquesanastasia.com. 2019年1月12日閲覧。
  4. ^ 蓼沼理絵子、「[1]」 ユダヤ・イスラエル研究 2014年 28巻 p.99-108, doi:10.20655/yudayaisuraerukenkyu.28.0_99
  5. ^ 世界代表司教会議 第11回通常総会 提題解説”. カトリック中央協議会. pp. 第3章 聖体-われわれの宣言する信仰の神秘 論点27, 28. 2017年2月27日閲覧。
  6. ^ 『正教要理』76頁 - 77頁、日本ハリストス正教会教団、1980年12月12日初版発行
  7. ^ ニーゼル 2008, p. 317 『キリストの聖晩餐についての告白』,1528年..
  8. ^ ニーゼル 2008, p. 318 『大信仰問答』,1528年..
  9. ^ ニーゼル 2008, p. 318 『キリストの聖晩餐についての告白』,1528年..
  10. ^ ニーゼル 2008, p. 318 『シュマルカルデン条項』,1537年..
  11. ^ ニーゼル 2008, p. 315 カルヴァンのプーツァー宛の手紙,1528年..
  12. ^ ニーゼル 2008, p. 315 『ベルギー信仰告白』,1561年..
  13. ^ ニーゼル 2008, p. 315 『キリスト教綱要』VI, 17,33.1559年..
  14. ^ ニーゼル 2008, p. 316 『キリスト教綱要』VI, 17,33.1559年..
  15. ^ ニーゼル 2008, p. 316 カルヴァンのプーツァー宛の手紙,1528年..
  16. ^ ニーゼル 2008, p. 316 ウェストミンスター信仰告白 29, 8. 1646年..
  17. ^ 芳賀 2006, p. 84 『キリスト教綱要』VI, 17, 41, 42。cf.『ジュネーヴ教会信仰問答』pp=360-361。.
  18. ^ 芳賀 2006, p. 104 『キリスト教綱要』VI, 17, 33。cf.「ベルギー信条」第35条、「スコットランド信条」第22条、「第二スイス信条」第21条。.
  19. ^ 英国聖公会の39箇条(聖公会大綱)|熊本聖三一教会ホームページ - ウェイバックマシン(2008年1月22日アーカイブ分)
  20. ^ 英国聖公会の39箇条(聖公会大綱) 一1563年制定一”. 日本聖公会宮崎聖三一教会. 2018年1月3日閲覧。
  21. ^ 聖公会とは”. 日本聖公会東京教区. 2018年1月3日閲覧。
  22. ^ 『日本聖公会祈祷書』《1990年版》、教会問答21-24、p. 264.
  23. ^ 『日本聖公会祈祷書』《1990年版》、p. 174.
  24. ^ 『日本聖公会祈祷書』《1990年版》、p. 181.
  25. ^ 『日本聖公会祈祷書』《1990年版》、p. 182.
  26. ^ 『日本聖公会祈祷書』《1990年版》、p. 175.
  27. ^ 「堅信前の陪餐」関連諸文書 日本聖公会





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