生物学の哲学 生物学の哲学の自立

生物学の哲学

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/11/21 13:40 UTC 版)

生物学の哲学の自立

生物のなかで生じている過程は、すべて物理法則に従っている。非生命的過程との違いは、それが組織化され、コードされた情報に統制されていることにある。このため、生物学者や哲学者のなかには(たとえばエルンスト・マイヤーやデイヴィド・ハル)、ふたたびチャールズ・ダーウィンを厳密に哲学的に考えようとするものもいる。科学哲学を古典物理学から導こうと試みるときには問題が立ちはだかるとしても、そうすることでこの問題のうちいくつかを解決したいのである。後者の古典物理学に範をとる実証主義アプローチでは、厳格な決定論(高確率ではない)を強調し、普遍的に適用できる法則を発見することを目指しており、またその法則も実験のなかで検証可能であるとしていた。生物学は、基礎的なミクロ生物学の水準を超えると、次のような批判に応じることが難しかった。たとえば、カール・ポパーは1974年に、「ダーウィニズムは検証可能な科学理論ではなく、形而上学的なリサーチ・プログラムである」と述べた。標準的な科学哲学は、生物を特徴づける多くのものを、つまり遺伝子型というかたちで伝わっていく歴史的な要素を排除していると考えられた。

哲学に関心のある生物学者が応じるときには、生物のもつ2重の性質を強調した。ひとつには、遺伝的プログラム(核酸のなかに刻みこまれている)、つまり「遺伝子型」があった。もうひとつには、拡張された身体すなわちソーマ、つまり「表現型」があった。生物学の視点から一般化するときには、比較的確率的かつ非普遍的な性質を伴うが、20世紀物理学にも似たような側面がある。標準的な科学哲学が物理学のそのような側面を説明しようとしているのは、生物学のそのような性質を説明する助けとなる。

このようなことがあって、近接要因や説明、つまり表現型を扱う「なぜ」の疑問と、進化的要因を含めた究極要因、つまり遺伝子型を扱う「なぜ」の疑問とを区別するに至った。この明確化は、エルンスト・マイヤーらが1940年代に自然選択によるダーウィン的進化と遺伝の遺伝学的モデルをじつにうまく調停したときの一環である。それ以来、概念を明確化することにかかわることが、これらの哲学者の多くを特徴づけることになった。些細なことであるが、ここで思い起こされるのは、生物学にはミクロ生物学から生態学までさまざまであるものの、すべてに共通する科学的な基盤があるということである。生物学の哲学を完成するためには、これらの営為すべてを説明する必要がある。これと比べると些細ではないのだが、生物学の哲学は、目的論という概念の箱を開けてしまった。1859年以来、科学者は宇宙的目的論という概念、つまり進化を説明し予測しうるプログラムないし法則を必要としてこなかった。ダーウィンのおかげで必要とせずにすんでいたのである。しかし、目的論的説明(目的や機能に関する)は、高分子の構造を説明する場合から社会システムのなかで起こる協力を説明する場合に至るまで、生物学のなかで執拗にもいまだに有用である。遺伝的プログラムが厳密に科学的に統制しているシステムやほかの物理的システムをある用語で記述し説明するとき、その用語が何であるか明らかにし、いつ使うのかを制限すれば、もとにある有機的な過程のもっている物理的という性質に関与したまま、目的論的な疑問を考え、調べることができる。

これと同じように注目されてきた概念は、自然選択(自然選択の標的は何であるのか。個体か。ゲノムか。種か)、適応多様性分類種分化マクロ進化である。

生物学自体が他の科学と密接な交流を通じて自律的な分野として発展してきたのと同様に、他の哲学分野の見解を十分に参照しつつも、生物学における科学的探求によって提起された現実的問題に回答を与えることを試みる、生物科学に特化した哲学を展開するため、生物学者と哲学者の両者が共同で数多くの仕事を行ってきている。


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