中華人民共和国国家情報法 懸念に対する反論・対抗

中華人民共和国国家情報法

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/09/04 09:35 UTC 版)

懸念に対する反論・対抗

懸念に対処するために、ファーウェイは「ファーウェイの国外の子会社および従業員は、国家情報法の管轄権の対象ではない」とする中倫法律事務所による法律意見書を2018年5月に提出し[30]、自社のウェブサイトにおいて「中国政府が当社のビジネスや製品のセキュリティに干渉することはありません。さらに、いかなる国や組織から、そのようなことを強要するような試みが行われた場合、当社は断固として拒否します」としている[31]。また、上述の英国国防委員会報告に対しても「私たちは、人々がこのような根拠のない談合による告発を見破り、むしろ過去20年間にファーウェイがイギリスのために何を提供してきたのかを思い出すことになると確信しています」と主張している[19]

同法は既に存在する国家安全法、反スパイ法、反テロリズム法等の規定との整合性を確保する主旨で創設されており、草案の段階から機能と権限が防諜に限定され[32]、実際に同法11条において情報活動機構の職権が外国の情報機関により実行された中国へ危害を及ぼす諜報活動への対処だと明記されている[1]。同法の第8条、第19条、第27条、第31条においても、情報収集の権限濫用を防ぎ個人や組織の合法的利益を守る義務、合法的利益が損害を受けた場合に情報機関に対する告訴を行う権利、告訴した人間への抑圧や報復を禁じる事が明記されており[1][6]、同時に中国の反間諜法やサイバーセキュリティ法においても、防諜以外の目的での情報収集を禁じ商業的利益や個人の権利を守る義務を定め、同時に当局による権限の濫用を告発する権利を明記している[33][34]

中華人民共和国外交部耿爽報道官は、同法第8条で「国家情報活動は法に基づき行い、人権を尊重及び保障し、個人及び組織の合法的権益を守らなければならない」と定められていることや、中国の他の法律にもプライバシー等の人権保障について多くの規定があり、国家情報活動にもその規定が適用されることを根拠にし、「彼らがこの法律を一面的に解釈し、自国に都合の良い部分だけ断片的に引用するのではなく、全面的に見て、正確に理解することを望む」と主張している[35]。また、王毅外交部長は「グローバルデータ安全イニシアチブ」構想を発表して、アメリカ主導の「クリーンネットワーク計画」に対抗する構えを見せている[24]

ペンシルベニア大学の現代中国研究センター所長であり、政府機関向けに米中外交の政策決定に関するアドバイスも行っているJacques deLisle[36]は、ファーウェイを警戒する米国のTIA (米国通信工業会)に対し、TIAは共産党と民間企業の関係を過度に単純化し一方的な評価を行っていると批判した。Jacques deLisleによればTIAは中国の民間企業が政府に協力する義務を負う条文を強調し警戒するが、安全保障やセキュリティの分野ではこの種の法律は珍しいことではなく、米国も同じタイプの法律を採用しているし、中国の優先目標は経済成長であってリスクを冒してスパイ行為を働く動機が薄いと指摘した[37][38]

懸念を表明した西側諸国では、自国の情報機関への協力は原則として個人の自由意思に委ねられているとされているが[14]、実際には米国の外国情報監視法(FISA)や通信傍受支援法(CALEA)によって民間企業は政府の諜報活動への協力を義務付けられており、実際に米国で民間企業の協力に基づいて実行されたPRISM (監視プログラム)が発覚し問題になった[39][40]。米国では法的に正当な審査を経れば民間通信企業に対し強制命令を出すことが可能で、通信傍受機器を設置しなくてはならないと定められており、命令に従った民間企業は民事刑事の責任を問われることがないとされている[41][42]


注釈

  1. ^ 第24条の「労働と社会保障」を「労働社会保障・退役軍人業務・医療保障」に変更( ウィキソースには、:zh:全国人民代表大会常务委员会关于修改《中华人民共和国国境卫生检疫法》等六部法律的决定の原文があります。)。
  2. ^ 企業など[13]
  3. ^ 米国防関係者は、中国製通信機器に仕込まれたバックドアから軍事技術が奪われているものとみている[14]
  4. ^ マイク・ペンス副大統領は、「中国共産党は『中国製造2025中国語版』を通して世界の最先端技術の90%を掌中に収めることを目標としている。中国の情報機関はアメリカの技術を盗み出す大規模な作戦を企ててきた」と演説している[20]
  5. ^ 日本からはNTTKDDI楽天ソフトバンクT-モバイルが参加している[22]
  6. ^ 同社の資金の一部は、中国共産党から出ていたとされる[20]

出典

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q 岡村志嘉子 (2017年). “中国の国家情報法”. 国立国会図書館デジタルコレクション. 2020年10月6日閲覧。
  2. ^ a b 中国、国家情報法を施行 国内外の組織・個人対象”. 日本経済新聞 電子版 (2017年6月28日). 2020年10月5日閲覧。
  3. ^ a b カナダ安全情報局 (2018年5月10日). “China’s intelligence law and the country’s future intelligence competitions”. Government of Canada. カナダ政府. 2020年5月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年7月3日閲覧。
  4. ^ 第3節 中国”. 平成30年版防衛白書. 防衛省. 2020年10月6日閲覧。
  5. ^ a b Tanner (2017年7月20日). “Beijing’s New National Intelligence Law: From Defense to Offense” (英語). Lawfare. 2020年5月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年7月3日閲覧。
  6. ^ a b c d e f g h i 岡村志嘉子 (2017年). “中国 国家情報法の制定”. 国立国会図書館デジタルコレクション. 2020年10月6日閲覧。
  7. ^ What you need to know about China’s intelligence law that takes effect today” (英語). Quartz (2020年6月28日). 2019年6月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年7月3日閲覧。
  8. ^ Qing, Koh Gui (2014年11月1日). “China passes counter-espionage law” (英語). Reuters. オリジナルの2020年7月3日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20200703084848/https://www.reuters.com/article/us-china-lawmaking-spy-idUSKBN0IL2N520141101 2020年7月3日閲覧。 
  9. ^ Wong, Chun Han (2015年7月1日). “China Adopts Sweeping National-Security Law” (英語). Wall Street Journal. ISSN 0099-9660. オリジナルの2020年3月28日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20200328214828/https://www.wsj.com/articles/china-adopts-sweeping-national-security-law-1435757589 2020年7月3日閲覧。 
  10. ^ Blanchard, Ben (2015年12月28日). “China passes controversial counter-terrorism law” (英語). Reuters. オリジナルの2020年4月24日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20200424234111/https://www.reuters.com/article/us-china-security-idUSKBN0UA07220151228 2020年7月3日閲覧。 
  11. ^ China Adopts Cybersecurity Law Despite Foreign Opposition”. Bloomberg (2017年11月7日). 2020年4月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年7月3日閲覧。
  12. ^ a b Wong, Edward (2016年4月28日). “Clampdown in China Restricts 7,000 Foreign Organizations” (英語). The New York Times. ISSN 0362-4331. オリジナルの2020年6月4日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20200604091747/https://www.nytimes.com/2016/04/29/world/asia/china-foreign-ngo-law.html 2020年7月3日閲覧。 
  13. ^ a b c 山田敏弘 (2019年3月7日). “罰金を科された「TikTok」は、第2のファーウェイになるのか (4/5)”. ITmedia ビジネスオンライン. 2020年10月5日閲覧。
  14. ^ a b c d 中国「国家情報法」 米に衝撃”. 日本経済新聞 電子版 (2018年12月20日). 2020年10月7日閲覧。
  15. ^ a b 産業経済新聞 (2020年10月15日). “迫る中国の産業スパイ、取引先装いSNSで接触か”. ITmedia NEWS. 2020年10月15日閲覧。
  16. ^ Kharpal (2019年3月5日). “Huawei says it would never hand data to China's government. Experts say it wouldn't have a choice” (英語). CNBC. 2019年5月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年7月3日閲覧。
  17. ^ Hoffman (2018年9月12日). “Huawei and the ambiguity of China’s intelligence and counter-espionage laws” (英語). The Strategist. 2020年7月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年7月3日閲覧。
  18. ^ The Security of 5G: “We must not surrender our national security for the sake of short-term technological development”” (英語). committees.parliament.uk. イギリス王国議会 (2020年10月8日). 2020年10月15日閲覧。
  19. ^ a b Staff, Reuters (2020年10月9日). “UK parliament committee says Huawei colludes with the Chinese state” (英語). Reuters. https://www.reuters.com/article/us-britain-huawei-idUSKBN26T144 2020年10月15日閲覧。 
  20. ^ a b c d e f 米中新冷戦 激化する攻防~産業スパイの実態”. NHK NEWS WEB. 日本放送協会 (2019年2月6日). 2020年10月7日閲覧。
  21. ^ a b c d 「ボクは共産党の捕虜」中国人留学生の現実 日本が中国から知財を守るには”. デイリー新潮 (2020年11月12日). 2021年2月12日閲覧。
  22. ^ 関口聖 (2020年8月14日). “米国の「5Gクリーンネットワーク」企業にソフトバンクと楽天追加”. ケータイ Watch. 株式会社インプレス. 2020年10月6日閲覧。
  23. ^ 細川昌彦 (2020年10月2日). “TikTok騒動の裏で何が起きている? 米中デジタル攻防の本丸とは”. 日経ビジネス電子版. 2020年10月6日閲覧。
  24. ^ a b 中国、データ管理基準主導の構想 米の包囲網に…(写真=ロイター)”. 日本経済新聞 電子版 (2020年9月8日). 2020年10月6日閲覧。
  25. ^ 大和哲 (2020年9月15日). “[ケータイ用語の基礎知識第965回:クリーンネットワークとは]”. ケータイ Watch. 株式会社インプレス. 2020年10月6日閲覧。
  26. ^ China Initiative” (英語). www.justice.gov. アメリカ司法省 (2020年8月27日). 2020年10月7日閲覧。
  27. ^ “中国アプリに立ち入り検査、情報漏れ懸念で自民議連が政府提言”. ロイター. (2020年9月11日). https://jp.reuters.com/article/china-social-media-japan-ldp-idJPKBN2620AW 2020年10月6日閲覧。 
  28. ^ 中国、北朝鮮を個別担当課に 警視庁外事課が19年ぶり組織改編のワケ”. 産経ニュース (2020年11月13日). 2021年2月12日閲覧。
  29. ^ 警視庁、中国と北朝鮮対策強化へ 公安の外事部門を増員:朝日新聞デジタル”. 朝日新聞デジタル (2020年11月2日). 2021年2月12日閲覧。
  30. ^ Yang (2019年3月5日). “Is Huawei compelled by Chinese law to help with espionage?”. Financial Times. 2020年7月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年7月5日閲覧。
  31. ^ 当社について”. huawei. ファーウェイ. 2020年10月9日閲覧。
  32. ^ 中华人民共和国国家情报法(草案)征求意见”. 中国法院网. 2021年9月27日閲覧。
  33. ^ 中华人民共和国反间谍法(主席令第十六号)”. 中華人民共和国 中央人民政府. 2021年9月27日閲覧。
  34. ^ 中华人民共和国网络安全法”. 中華人民共和国 中央人民政府. 2021年9月27日閲覧。
  35. ^ 外交部、欧米が中国の「国家情報法」を正確に理解することを望む” (日本語). 人民網日本語版 (2019年2月20日). 2020年10月5日閲覧。
  36. ^ 国际合作 访问教授 Jacques deLisle”. 北京大学法学院. 2021年9月27日閲覧。
  37. ^ “[https://ecfsapi.fcc.gov/file/10806043972847/Huawei%20Ex%20Parte%20Written%20Submission%20Docket%20No.%2018-89%20(08-06-2018).pdf WRITTEN EX PARTE SUBMISSION OF HUAWEI TECHNOLOGIES CO., LTD AND HUAWEI TECHNOLOGIES USA, INC.]”. Federal Communications Commission. 2021年9月27日閲覧。
  38. ^ “[https://ecfsapi.fcc.gov/file/10806043972847/Huawei%20Ex%20Parte%20Written%20Submission%20Docket%20No.%2018-89%20%5BEXHIBITS%20A-M%5D.pdf WRITTEN EX PARTE SUBMISSION OF HUAWEI TECHNOLOGIES CO., LTD AND HUAWEI TECHNOLOGIES USA, INC. EXHIBIT A]”. Federal Communications Commission. 2021年9月27日閲覧。
  39. ^ 米当局が市民の通話記録を大量収集、大手9社のネット監視も”. AFP通信. 2021年9月27日閲覧。
  40. ^ 米当局、グーグルなどIT大手のサーバーからデータ収集=報道”. ロイター通信. 2021年9月27日閲覧。
  41. ^ 警察政策学会資料 第94号 平成29(2017)年 6 月 米国における行政傍受の法体系と解釈運用”. 警察政策学会. 2021年9月27日閲覧。
  42. ^ 防衛取得研究 第四巻 第四号 平成23年3月 2 米国のサイバー・カウンターインテリジェンスについて-通信傍受の法的及び技術的側面-”. 公益財団法人 貿易基盤整備協会. 2021年9月27日閲覧。
  1. ^ 櫻井氏 在日中国人が本国命令でテロや争乱起こす危険性指摘”. NEWSポストセブン (2010年12月1日). 2022年8月23日閲覧。


「中華人民共和国国家情報法」の続きの解説一覧



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  
  •  中華人民共和国国家情報法のページへのリンク

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「中華人民共和国国家情報法」の関連用語

中華人民共和国国家情報法のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



中華人民共和国国家情報法のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの中華人民共和国国家情報法 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS