バラク・オバマの国籍陰謀論 政治的影響

バラク・オバマの国籍陰謀論

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/28 23:16 UTC 版)

政治的影響

「出生証明書はどこだ?」の標語が書かれたバンパーステッカー.
共和党が今しなければならないこと - それは「そんなのクレイジーだ」とちゃんと言うことです。だから私もこう言います。大統領がハワイ以外の場所で生まれたと考えている人はクレイジーだと。(略)こんなくだらないことはもうやめて、我々が持っている本当の違いについて話そうではありませんか。
  共和党上院議員リンゼー・グラム, 2009年10月1日 [180]

オバマの市民権に関する主張は2008年の大統領選挙戦でマケイン陣営も論点とし、最終的には取り下げられたものの[181]政治的右派の間では引き続き重要な問題であり続けた。活動家たちは2008年選挙人団の投票を拒否し、オバマの選挙を阻止するため共和党議員にロビー活動を掛けるも、2009年1月に証明書公開要求は失敗に終わった [182]。 2009年半ばになると、市民権問題はダイレクトメールやテレマーケティングで資金調達を行う右派組織にとって最もホットな話題であり、最も儲かる資金調達源の一つとなっていた。出生証明書問題で署名を集めていたアラン・キーズのオンライン請願サイトなどは、保守派運動がメーリングリストを作成する際の主要情報源ともなった[183]。 ニュースサイトWorldNetDailyは2009年7月までの間にこの問題に関する記事を200件以上掲載し[184]、 「Where's the birth certificate?(出生証明書はどこだ)」などと書かれた看板やバンパーステッカー、はがきなどを販売して「数万ドルの売り上げをあげた」という[185]

自分たちが「バーサー問題で攻撃を受けている」ことを認識している穏健派保守政治家もいる[183]ティーパーティー運動の2009年の抗議デモでは、抗議者たちが出生証明書問題についての看板を掲げていたが[186]、 その中のいくつかはデモの主催者によって推奨されたものであった[183]。2009年7月にジョージタウン (デラウェア州)で開催された市民対話集会で、オバマの出生証明書について抗議する女性に共和党穏健派のマイク・キャッスル下院議員が「もし今の大統領についてということでしたら、彼は米国市民ですよ」と発言した際にブーイングと嘲笑を受けた件は、マスコミでも広く報じられた[187]NBCナイトリーニュースの報道によれば、この問題は他の議員もよく耳にしているという。ある議員が匿名で番組に語ったところによると、この問題が他のすべてをかき消すのが怖く、自分のタウンホール・ミーティングを宣伝する気になれないという[188]

出生証明書運動家が提起した問題に対処するために、共和党議員の多くが州あるいは連邦レベルで法案改正や憲法改正を提案している。ただし一部の共和党議員はそれを「嫌がらせ行為」だと見なしており「この問題は消えてなくなってほしい」とも述べている。民主党 (アメリカ)寄りのコメンテーターは、一部の共和党員が陰謀論の支持者から距離を置くことに消極的であると批判して「共和党幹部は、党の基盤である精力的な部分を疎外することを恐れてバーサー運動を非難することに消極的である」と述べた[15]NBCニュースは「共和党は今その支持基盤にとても大きな問題を抱えているというのが、これらすべての背景にある本当の話ではないか」とコメントした[189]共和党全国委員会委員長マイケル・スティールは報道官を通じて「スティール委員長は、これは不必要な妨害行為であり、大統領は米国市民であると確信している」との声明を発表した[190]

保守派のジョエル・ポラックは日刊紙アメリカン・シンカーの記事で、「バーサー説」が特に保守派の間で注目されている理由は、共和党内の反対派の弱さにあると述べている:

共和党内に強いリーダーシップを発揮する者がいない中、その解決策として、一部の党員たちが仮に絶望的だったとしてもバーサー論に説得力を見いだしている。とはいえそれは、ほぼ確実にデタラメであるばかりか、保守系運動の本質的精神とも矛盾しているため、結局のところ自滅策である [191]

アトランティック誌とCBSニュースの政治アナリストマーク・アンビンダーは、この現象が当時共和党の直面していたジレンマの核心部になっていたと次のように述べた。

共和党の大統領候補者たちは、登場しては注目を集めるバーサー達の怒りをどうにか発散させる〔ママ〕[注釈 2]方法を理解する必要がある。彼らがこの拡大する運動を追いやる場合、バーサー達はより過激な候補者を見つけるべく奔走するようになり、それは共和党の政治的連帯をバラバラにしてしまうだろう[193]

政治アナリストのアンドリュー・サリバン英語版は、サンデー・タイムズ紙に次のように書いている。

人口統計学からは基本的なことが分かる。黒人男性が大統領である、そのことを2009年になっても南部白人の大多数が受け入れられないでいる。彼らは、オバマや彼が象徴するアメリカが終わって欲しくて陰謀論に縋り付いている。こうした南部白人が共和党員を自称する米国人の22%を占め、その割合は増加傾向にある。そのため共和党はこの奇抜な考えを否定することも無視することもできずにいる。馬鹿らしい非主流論(fringe)が共和党の中核に残っているものだと言えよう[194]

2009年7月27日、下院はハワイ州の50周年記念決議を可決した。この決議にはハワイをオバマ大統領の生まれた州と認める文言が入っており、378-0の投票で可決された[195]

世論調査

2008年10月、カリフォルニア州の新聞オレンジ・カウンティー・レジスター英語版による政治世論調査では、調査に応じた共和党員のうち3分の1がオバマは合衆国外で生まれたと信じていると回答したという[196]。 当時オバマの市民権問題が広く報道されていたこともあり、2008年11月にオハイオ州立大学が行った調査では60%が「この問題を聞いたことがある」と回答したが、「オバマが合衆国市民でないとする主張を信じている」との回答は10%にとどまった[197]

2009年7月にデイリー・コスの委託でリサーチ2000 (Research 2000社が行った世論調査によると、77%のアメリカ人がオバマがアメリカで生まれたと信じており、信じていない人は11%、よくわからないと回答した人は12%であった。しかし、共和党員や米南部住民の中でオバマが米国で生まれたことを疑っている人々の割合は、他の政治的・人口統計学的グループのそれよりもはるかに高かった。オバマが「米国生まれではない(28%)」あるいは「分からない(30%)」とする回答は合わせて58%で、合衆国生まれとする割合は42%であった。一方で、民主党や無党派層では合衆国生まれと信じている人々の割合はそれぞれ93%、83%と圧倒的に高い。 オバマを米国外生まれとする考えへの支持は南部でもっとも強く、アメリカの北東部・中西部・西部では平均90%がオバマは国内生まれと信じているが南部では47%であった[198]。 南部では人種間格差も顕著である。 ニュースメディアポリティコの議会記者グレン・スラシュ(Glenn Thrush)は、リサーチ2000社の世論調査について、「ロイ・ブラント英語版ら共和党員がなぜ過激派のバーサーたちと足並みをそろえているか、理由が分かる」とコメントしている[198]。米政治科学者ブレンダン・ナイアン英語版はナショナル・ジャーナルのポールスター・ドットコムのブログで、この世論調査は「保守的な評論家や共和党の政治家が出生証明書神話を奨励したことにより、この問題に関してGOP(米共和党)の基盤を活性化し始めたことを示唆している」との見解を示した[199]

2009年8月に実施された公共政策世論調査 (Public Policy Pollingでは、バージニア州の共和党員の32%がオバマが米国で生まれたと考えており、41%は外国生まれ、27%は分からないと回答していたことが判明した[200]。 ユタ州では、2009年8月にデザレット・ニュース英語版KSL-TVが行った世論調査では、ユタ州民の67%がオバマが米国で生まれたという証拠を受け入れていることがわかった。オバマがアメリカ生まれであることを信じていない、あるいは分からないとする人々は主に中年で低所得、大卒でない共和党員だということも調査で判明した[201]

ピュー・リサーチ・センターの世論調査によると、2009年8月までに80%のアメリカ人がオバマの市民権問題について聞いたことがあることが分かった。報道に対する見方には党派間で大きな隔たりがあり、この世論調査では民主党員の58%が「疑惑はマスコミであまりにも注目され過ぎている」と答えたが、共和党員は逆に「疑惑があまりにも注目されていない」との傾向が強く(共和党員)全体の39%がこうした見解を表明したのに対し、「注目され過ぎだ」と答えたのは26%にとどまった [202]

2010年3月に2320人の成人を対象に実施された調査会社ハリス・ポール英語版社のオンライン調査では、回答者の25%がオバマは「米国で生まれていないので大統領になる資格がないと思う」と答えている[203]。 2010年7月にCNNが成人アメリカ人を対象として行った世論調査では、16%がオバマが米国で生まれたことに疑問を持っていると答え、さらに11%がオバマは米国生まれではないと確信していると答えている[19]

2011年4月にオバマ大統領が証明書謄本を公開した後、疑惑の割合は急落した[21][22][23]。 同年5月に実施された成人1018人によるギャラップ社の電話世論調査では、回答者の5%がオバマが「間違いなく他の国で生まれた」と考えており、8%が「おそらく他の国で生まれた」と考えているのに対し、47%は彼が「間違いなく」、18%が「恐らく」米国で生まれたと考えていた[20]。政党別に分類すると、同世論調査で(どれも自称だが)共和党員の23%、無党派層の14%、民主党員の5%が、間違いなく又は恐らくオバマは他国で生まれたと考えていることが判明した[20]

ドナルド・トランプが大統領に選出される4ヶ月前の2016年7月、NBC世論調査によると、共和党支持者の41%はオバマが米国で生まれたことに同意しておらず、31%はどちらともいえないと答えた[204]。2015年の調査では、とりわけバーサー論の見解を抱く人達について、彼らは主に保守系/共和党であり、黒人に反感を抱いていることが判明した[205]。2019 年の調査では「米国の白人間にあるバーサー信仰は人種的憎悪と一意に関連している」ことが判明した[206]

共和党のジレンマ

共和党の一部有権者および同党ティーパーティー運動支持者の一部が、オバマには公職に就く資格がないと信じていたため(#世論調査の項参照)、共和党は支持を失うか信用を失うかというジレンマに度々陥った[207][208]。彼らは「オバマの正当性を明示的に問うことなく、陰謀論に傾倒している支持者のご機嫌取りをする微妙なラインを進む」必要に迫られたという[209]。ただし、元ミネソタ州知事ティム・ポーレンティと元ペンシルベニア州上院議員リック・サントラムを含む他の共和党議員は、これらの主張を明白に否定した[210]

このジレンマ状況の例が、当時のジョー・バイデン副大統領によって空席になった上院議席のため2010年に立候補したデラウェア州代表のマイク・キャッスル英語版だった。住民との対話集会で、キャッスルはオバマが米国市民であると主張したため構成党員から罵声を浴びせられてしまった[211]。下院で主要な共和党穏健派の一人である彼は、後の共和党予備選挙でティー・パーティー側の支援を受けたクリスティーン・オドネルに敗れてしまった[212][213](そのオドネルも後の総選挙で民主党候補クリス・クーンズ英語版に敗れた)。


  1. ^ ここでいうバイタルレコードとは出生記録に限ったものではなく、誕生から、結婚、離婚、それから死亡に至るまでの各ライフイベントの証明ができる、米政府当局下で保管している記録。日本の戸籍関連でいう全部事項証明データに近い。詳細は英語版en:Vital recordを参照。
  2. ^ 原文が"diffuse angry"で「怒りを発散させる」。英語にはこれと非常によく似た"difuse angry"(fが一つ少ない同音異義語)という表現もあり、こちらだと「怒りをなだめる」[192]





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