ニューモシスチス肺炎
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/06/04 13:06 UTC 版)
免疫学
ニューモシスチス・イロベチイ自体は組織障害性が少なく、その存在だけでは呼吸障害を伴うようなPCPは起こらない[3]。炎症反応が過剰になることで肺組織障害がおこると考えられている。動物実験ではCD4陽性Tリンパ球を選択的に欠損させたマウスではPCPを発症しやすく、低酸素血症や肺コンプライアンスの低下など重症化を認める。しかしCD8陽性Tリンパ球も欠損させると肺内の菌量はかわらないものの、炎症や酸素化障害は軽減する。また重症複合免疫不全マウスは晩期まで呼吸障害を起こさないが、このマウスに野生型マウスの脾細胞を投与して細胞性免疫を構築すると急激な酸素化障害がおこる。CD4陽性T細胞が機能不全の状態ではCD8陽性T細胞が肺障害に関与すると考えられる。この動物実験は臨床的にも再現されている。たとえばAIDS患者でPCPの治療が不十分なまま抗レトロウイルス療法を開始すると、免疫機能の回復とともに、遺残していた病原体に対する激しい炎症反応が起こる免疫再構築症候群が知られている。また骨髄移植のレシピエントにおける生着症候群でも免疫能の回復とともにPCPが発症し呼吸機能が大きく低下することがある。
症状
HIV-PCPとnon-HIV-PCPでは臨床像は異なる[5]。HIV-PCPの症状は発熱、乾性咳嗽、呼吸困難が3主徴である。その他の稀な症状としては胸痛や喀痰、血痰、気管支痙攣などがあり、無症状の患者も約5%いる。他の患肢越性肺炎と同様呼吸困難や酸素飽和度の低下は労作時に出現することが多い。比較的ゆっくりと亜急性の経過で症状が進行する。症状の出現から診断までの中央値は28日間であった。またHIV-PCPの約5%は肺外の播種性病変があり、リンパ節、骨髄、耳、目、甲状腺、副腎、肝臓、脾臓などが知られるが臨床的に問題になることは稀である。
Non-HIV-PCPは経過が急速で速やかに重篤な呼吸不全におちいることが多い。菌量が少ないことを反映して菌の検出は困難で染色鏡検での検出はほとんど不可能でPCRでようやく検出されることが多い。高齢者が多く自覚症状が初期は乏しいことも多い。なんとなくだるいといった症状しか初期は訴えず、運動時の酸素飽和度の低下でようやく異常が検出されることもある。Non-HIV-PCPのうち特に関節リウマチの場合は低容量のメトトレキサートを用いることが多いため、MTX肺炎との鑑別が重要となる。またMTX投与下では投与開始後半年~1年後、生物学的製剤投与開始2~3ヶ月後と免疫不全を予想しない時期に起こることが多い。また発症を予知する指標がないといった特徴がある。
Non-HIV-PCP | HIV-PCP |
---|---|
びまん性陰影、低酸素血症 | びまん性陰影、低酸素血症 |
進行急速(1週間前後) | 進行緩慢(1~2ヶ月) |
菌量少なく、検出困難 | 菌量多く、検出容易 |
より重症、予後も悪い(死亡率30~35%) | 予後は比較的良好(死亡率10~20%) |
免疫の指標の低下は必発ではない | CD4陽性リンパ球数の低下が必発 |
検査
微生物学的検査
ニューモシスチス・イロベチイは培養ができないため顕微鏡観察と遺伝子検査が主体となる。検体材料は原則としてBALF(気管支肺胞洗浄液)を用いるのが望ましい。喀痰やうがい液を用いた場合は著しく検出感度を低下させる。BALが速やかに施工できない場合は予め口腔内洗浄につとめ、可能な限り口腔内雑菌を排除してから3%高張食塩水を10分間ネブライザーで吸引し、誘発喀痰を採取または吸引痰を採取する。顕微鏡観察ではディフ・クイック(Diff-Quik)法を行う。熟練した技術者でなければ栄養体を同定するのは困難である。シストが厚く強固な細胞壁を有するためグロコット染色でもシストの観察は可能であるがグロコット染色は時間がかかるため迅速診断はできない。トルイジン青染色、メセナミン銀染色でも確認できる。またnon-HIV-PCPでは菌量が少なく観察できないこともしばしばある。遺伝子検査ではHIV-PCPでは96時間以内に採取されたBALFでPCRの感度は72~100%、特異度は86~100%であった[6]。Non-HIV-PCPのPCRは感度は87.2%、特異度92.2%であった[7]。遺伝子検査ではリアルタイムPCRやLAMP(Loop-mediated Isothermal Amplification)法が用いられることもある。
血清学的検査
β-Dグルカン(真菌症のマーカー)とKL-6(間質性肺炎のマーカー)がよく知られたマーカーである。特にβ-Dグルカンは感度92.3%、特異度86.1%であり、信頼性の高い診断ツールになる[8]。β-Dグルカンの問題点は偽陽性があること、測定法が複数あり測定法により検査値が一致しないことがあげられる。
画像検査
- 胸部単純レントゲン撮影
レントゲン撮影のPCPの典型的な所見は両側対称性のびまん性すりガラス陰影である。単発もしくは多発性の結節影および空洞影がみられる場合もある。空洞内の液面形成はみられない。空洞形成の機序は菌体の血管侵襲による虚血性壊死によると考えられている。
有効な治療が行われた場合は、すりガラス状陰影を中心とした陰影は7~10日以内に改善傾向を示すが、時に治療開始2~3日後に一過性の増悪を示すことがある。これは治療によって菌体成分に対する免疫応答を反映していると考えられる。しかしST合剤の大量点滴で肺水腫を反映している場合もある。
- 胸部CT
Grutenらの報告では胸部単純X線撮影で正常~曖昧もしくは非典型的なHIV-PCP疑い症例についてHRCTを施行した結果感度は100%、特異度は89%であった[9]。HRCTですりガラス状陰影がなければPCPはほぼ否定できると考えられる。PCPのすりガラス状陰影は肺胞腔内のフィブリンやデブリス、菌体の集簇を反映している。その密度が比較的疎であり、含気が残るために浸潤影ではなく、すりガラス陰影になると考えられる。すりガラス状陰影の分布に関しては肺門側に優位で胸膜側に正常部位を残した像、いわゆるperihilar distribution with peripheral sparing(末梢肺野がスペアされた所見)の所見や分布が均一ではなく、肺小様単位で濃淡がみられるモザイク状、もしくは地図状のすりガラス状陰影を呈することが特徴的であるといわれている。非典型的画像所見と考えられている浸潤影や結節影、空洞影も実際にはそれほどまれではない。
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- ^ 森俊輔. 抗リウマチ薬使用時のニューモシスチス肺炎に対する予防内服. 日本医事新報 2015;4767:58-59.
ニューモシスチス肺炎と同じ種類の言葉
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