チャールズ・パーシー・スノー チャールズ・パーシー・スノーの概要

チャールズ・パーシー・スノー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/02/09 07:28 UTC 版)

チャールズ・パーシー・スノー
Charles Percy Snow(C. P. Snow)
生誕 1905年10月15日
レスターイギリス
死没 1980年7月1日
国籍 イギリス
研究分野 物理学
プロジェクト:人物伝
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シリーズ小説『他人と同胞』(Strangers & Brothers)、および『二つの文化と科学革命』(The Two Cultures)[2]の著者として有名である。

生涯

スノーは英国レスターで、教会のオルガン奏者で聖歌隊指揮者の父ウィリアム・スノーとその妻エイダの間に生まれた[3]。チャールズ・スノーは4人兄弟の2番目で、ハロルド、エリック、フィリップという兄弟がいた[4]。地元の学校 (Alderman Newton's Schoolで教育を受けた[5]

1923年に英国の中等教育学位を修めると、1925年にユニヴァーシティ・カレッジ・レスター(現:レスター大学)で物理学の学士号を取得した[6]。その後スノーはクライスツ・カレッジ (ケンブリッジ大学)で奨学金を得て物理学(分光法)の博士号を取得し、1930年には同大学のフェローになった。

スノーは、幾つかの公務員上級職(1940-1944年まで労働省の技術部長、1945-1960年まで公務員局長職)を務めた。1943年の新年叙勲で、彼は大英帝国勲章コマンダー位(CBE)に叙せられた[7]。スノーは、ナチスの特別捜索リスト (Sonderfahndungsliste G.B.に掲載の著名人2,300名に挙げられ、ナチスが大英を侵攻したさいには逮捕されてゲシュタポに引き渡されることとなっていた[8]

1944年、彼はイングリッシュ・エレクトリックの科学技術部長に任命され、その後物理学部長になった[9]。この役職中に彼は元教え子のエリック・イーストウッドを採用した。

1957年の新年叙勲で[10] 、彼は2月12日にエリザベス2世からナイト爵を授与され[11]、1964年10月29日にレスター市の一代貴族スノー男爵(Baron Snow)が創設された[1][12]。政治家として、スノーはハロルド・ウィルソンの労働党政権で1964年から1966年まで貴族院 (イギリス)技術省政務次官を務めた[1]

1950年にスノーは小説家パミラ・ハンスフォード・ジョンソンと結婚し、1人の息子をもうけた。友人達には、数学者のG・H・ハーディ、物理学者のP・M・S・ブラックエット、X線研究者のJ・D・バナール、文化史研究者のジャック・バーザン、博識者のジョージ・スタイナーなどがいた[13][14]。ハーディについては、晩年に彼の著書『ある数学者の生涯と弁明』の序文を書くほどの関係であった。クライスツ・カレッジでは、後に小説家ウィリアム・クーパーとなるH・S・ホフを指導した。二人は親交を深めて共に公務員として働き、お互いの視点を小説に書き込んだ(クーパー著『Scenes from Provincial Life sequence』に登場する、大学学部長ロバートのモデルがスノーである)[15]

1960年、スノーはハーバード大学でゴドキン講演 (Godkin Lecturesを行い、ヘンリー・ティザードとフレデリック・リンデマン(どちらも第二次世界大戦頃の英国政府の科学顧問)の衝突について述べた。この講演は後に『科学と政府(Science and Government)』としてまとめられた。1961年度から1962年度にかけて、スノー夫妻はウェズリアン大学先進研究センターの教員フェローを務めた[16][17][18]

文芸活動

スノーの最初の小説は1932年の推理小説『ヨット船上の殺人(Death Under Sail)』であった。 また彼はアンソニー・トロラプの伝記を書いた。

ただし、小説家としての彼の代表作は、現代の科学知と現代における政府設定について表現したシリーズ小説『他人と同胞(Strangers and Brothers)』である。 新しい学寮長の選出過程を描いた『学寮長(The Masters)』は、このシリーズの最もよく知られた作品でケンブリッジ大学の学内政治に対応したものである。そこでは、一貫して内部者の視点があり、厳密な学問的議論の場合を除いて、学者の関心がどう推定上客観的な決定に影響を及ぼすかを明らかにしている。1954年、この『学寮長』は同シリーズの『新しい人々(New Men)』とともにジェイムズ・テイト・ブラック記念賞 を受賞した[19]。さらにスノーは、『権力の回廊(Corridor of Power)』において現代の言語にある句を追加した。1974年の小説『In Their Wisdom』はイギリス版の本屋大賞(the Booker Prize)小説部門で最終選考まで残った[20]

『現実主義者たち(The Realists)』ではチャールズ・ディケンズフョードル・ドストエフスキーら8人の小説家の業績についての試論を展開し、写実小説の防衛に尽力した。

彼の小説『TheSearch』のあらすじが、ドロシー・L・セイヤーズ著『学寮祭の夜(Gaudy Night)』で言及されており、犯罪者の動機を引き出すヒントとして使われている。


  1. ^ a b c d The Columbia Encyclopedia (6th Edition, 2001-2005). "Snow, C. P." Accessed 26 July 2007.
  2. ^ THE TWO CULTURES
  3. ^ Philip Snow (1982). Stranger and brother: a portrait of C.P. Snow. Macmillan. p. 3. ISBN 0-333-32680-6 
  4. ^ Philip Snow (1998). A time of renewal: clusters of characters, C. P. Snow, and co, ups. Radcliffe Press. p. 234 
  5. ^ Who Was Who. A & C Black. (April 2014) 
  6. ^ Tredell, N (2012). C.P. Snow: The Dynamics of Hope. Springer. ISBN 9781137271877 |accessdate=29 March 2018
  7. ^ "No. 35841". The London Gazette (Supplement) (英語). 1 January 1943. p. 16.
  8. ^ The Rise and Fall of the Third Reich, William L. Shirer, Book Club Associates, 1971, page 784.
  9. ^ C.P. Snow facts, information, pictures | Encyclopedia.com articles about C.P. Snow” (英語). www.encyclopedia.com. Encyclopedia.com. 2022年4月8日閲覧。
  10. ^ "No. 40960". The London Gazette (Supplement) (英語). 1 January 1957. p. 2.
  11. ^ "No. 41003". The London Gazette (英語). 15 February 1957. pp. 1044–1045.
  12. ^ "No. 43477". The London Gazette (英語). 30 October 1964. p. 9195.
  13. ^ “Letters to the Editor: George Steiner, Maugham in China, George Sand, etc”. The Times Literary Supplement. (27 March 2020). ISSN 0307-661X. https://www.the-tls.co.uk/articles/george-steiner/ 2020年3月29日閲覧。. 
  14. ^ C. P. Snow Christ's College Magazine 231, 67-69, (2006)
  15. ^ Shrapnel, Norman. Obituary, William Cooper, The Guardian, London, 7 September 2002.
  16. ^ Recent Thoughts on the Two Cultures, Wesleyan University
  17. ^ WesFacts”. Wesleyan University. 2007年9月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年11月23日閲覧。
  18. ^ Guide to the Center for Advanced Studies Records, 1958-1969 Archived 14 March 2017 at the Wayback Machine., Wesleyan University
  19. ^ The James Tait Black Memorial Prizes: The Prize Winners Archived 2007年1月15日, at the Wayback Machine.
  20. ^ C P Snow Archived 3 January 2010 at the Wayback Machine. at the Man Booker Prize website
  21. ^ 邦訳版『二つの文化と科学革命』p24-25。引用に当たって、いかにもまずい部分を修正した


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