オリーブの林
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/08/29 06:12 UTC 版)
各作品
ゴッホは手紙の中で、1889年6月に制作された3点の絵画と、1889年11月末までに完成した5点の絵画の2つのグループに分けることを指定した[9]。9月には1枚の絵画[24]、12月には3枚のオリーブ摘みの絵画が知られ[9][25]、他にもいくつかの絵画が知られている。ゴッホは用心のための安全策としてオリーブの林の絵を何枚か描いたが、絵具を手に入れることができなかった。
『星月夜』の補完
ニューヨーク近代美術館が所蔵する『アルピーユ山脈が見えるオリーブの林』(Olive Trees with the Alpilles in the Background)について、ゴッホはテオに「私はオリーブの林のある風景と星空の新しい習作を描きました」と書いており、この絵画を夜の『星月夜』を補完する昼光と呼んでいる。彼の意図は「何人かの画家の写真的で馬鹿げた完璧さ」を超えて、色彩と直線的なリズムより生まれる力強さに到達することであった[1]。
絵画の中で、「エクトプラズムを思わせる」雲が漂う空の下、ねじれた緑のオリーブの林がアルプスの麓の前に立っている。絵画が乾くと、ゴッホは手紙に「白い雲と後ろの山々を背にしたオリーブの林は、月の出や夜の効果と同様に、一般的な配置の観点から誇張されています。輪郭は古い木版画のように強調されています」と書き、両作品をパリのテオに送った[1]。
-
『アルピーユ山脈が見えるオリーブの林』1889年 ニューヨーク近代美術館所蔵
-
『星月夜』1889年 ニューヨーク近代美術館所蔵
オリーブ摘み
ゴッホはオリーブを摘む女性の3点のバージョンを描いた。最初の作品(F654)について、ゴッホは「自然に由来するより深い色合いで」その場で直ちに描いた習作であると説明している[9]。第2の絵画(F655)は[9]、彼の妹と母親を描いた「3点の絵画の中で最も分解され、様式化されたもの」であり、ニューヨークのメトロポリタン美術館に所蔵されている[26]。
第3の絵画はワシントンD.C.のナショナル・ギャラリー・オブ・アートが所蔵するチェスター・デールのコレクションの中にある作品で[6]、ゴッホは12月に自分のアトリエで「非常に控えめな配色」で描いた[9]。絵の主題は即座に明白であるが、最初の木は飛石のように観客をオリーブ摘みの場面に導いている[25]。ここでゴッホは文字通りの解釈よりも感情的および精神的な現実を重視した。女性たちは日々の暮らしのためにオリーブを収穫している。木々が女性たちを包み込み、木々と風景がほとんど一つになっているように見えるやり方は、自然と人間の間の感情的な絆と相互依存を示している[7]。
別の作品はオリーブを摘む一組の男女を描いたものであった。このクレラー・ミュラー美術館所蔵の『2人のオリーブを摘む人がいるオリーブ畑』(Olive Grove with Two Olive Pickers, F587)は1889年12月に描かれた[27]。
-
『オリーブ摘み』1889年 グーランドリス現代美術館所蔵
-
『オリーブ摘みの女』1889年 メトロポリタン美術館所蔵
-
『オリーブ園』1889年 ナショナル・ギャラリー・オブ・アート所蔵
-
『2人のオリーブを摘む人がいるオリーブ畑』1889年 クレラー・ミュラー美術館所蔵
1889年6月の作品
1889年6月(療養所滞在の2か月目)、ゴッホは3点のオリーブの木の絵画を制作した。彼はこれらの作品を同一に扱っている[9]。
ネルソン・アトキンス美術館所蔵の『オリーブ園』(Olive Orchard, F715)について、ゴッホは1889年7月の手紙で、灰色の葉をつけたオリーブの木の果樹園のように「彼らの紫色の影が日当たりのよい砂の上に横たわっていた」と表現した。対照的に、影はプロヴァンス地方の太陽の熱さを強調している。「反復的な長方形の筆遣い」はこの作品の感情的な影響を高める熱量を伝えている[3]。2017年11月、死んだバッタの死体が絵画の中から発見されたが、ゴッホが屋外で絵画を描いている最中にすでに死んだ状態で付着したものと推定されている[28]。
ゴッホ美術館所蔵の『オリーブの林、明るい青空』(Olive Trees: Bright Blue Sky, F709)は涼しい青い昼光の色調であり、暖かい秋色の習作であるヨーテボリ美術館所蔵の『オリーブ畑』(Olive Grove)と似ている。この秋の色合いの絵画は作品の「厳しく粗野な」写実性を達成するというゴッホの目標を満たした。ゴッホは絵画を友人で医師のポール・ガシェに贈り、翌年オーヴェル=シュル=オワーズでガシェ医師のケアと管理を受けることになった[29]。
クレラー・ミュラー美術館所蔵の『オリーブ園』(Olive Orchard, F585)は1889年6月に描かれた[30]。
-
『オリーブ園』1889年 ネルソン・アトキンス美術館所蔵
-
『オリーブの林、明るい青空』1889年 ゴッホ美術館所蔵
-
『オリーブ園』1889年 クレラー・ミュラー美術館所蔵
1889年9月・10月・11月・12月の作品
この時期に制作された絵画は、ポール・ゴーギャンとエミール・ベルナールのゲツセマネの絵画に対するゴッホの反応の芸術的成果が多かった[16][2]。
スコットランド国立美術館所蔵の『オリーブの林』(Olive Trees, F714)の強烈な性質は、おそらく制作時のゴッホの動揺した精神状態が表れており、その劇的な影響は彼の筆遣いと色使いの両方が証拠立てている[2]。
青緑色と涼しげな色合いの6月のオリーブの木とは対照的に[31]、ミネアポリス美術館所蔵の『黄色い空と太陽のあるオリーブの林』(Olive Trees with Yellow Sky and Sun, F710)の鮮やかなオレンジ色と黄色は秋の季節を思い出させる[4]。小説家ウォーレン・キース・ライト(Warren Keith Wright)は、理由は不明であるがこの絵画に釘付けになり、15年以上にわたってミネアポリス美術館を訪れた。彼はこの絵画が2つの時代を表している点にその魅力があるということに気づいていた。午後遅くの太陽は真西の山上に位置している。しかし、影は秋に落ちるであろう画面左または南西の方角から斜めに落ちている。絵画は時間だけでなく季節とも一致していない。それは「自らの未来を予測し、自らの過去に回帰する」[32]。
-
『オリーブの林』1889年 個人蔵
-
『オリーブの林』1889年 スコットランド国立美術館所蔵
-
『黄色い空と太陽のあるオリーブの林』1889年 ミネアポリス美術館所蔵
ブラジルのサンパウロ美術館に所蔵されている『歩くカップルと三日月のある山の風景』(Couple Walking among Olive Trees in a Mountainous Landscape with Crescent Moon)はおそらく10月に制作が始まった作品で、未完成のまま放棄されたたのち、翌1890年5月に完成したと考えられる[33]。
-
『歩くカップルと三日月のある山の風景』1890年 サンパウロ美術館所蔵
1889年11月あるいは12月に、ゴッホはニューヨーク近代美術館所蔵の『オリーブ園』(Olive Orchard, F708)に取り組んだ。 このとき描いたもう1つの絵画はスウェーデンのヨーテボリ美術館に所蔵されている『オリーブの林、オレンジ色の空』(Olive Grove: Orange Sky, F586)である[29]。
-
『オリーブ園』1889年 メトロポリタン美術館所蔵
-
『オリーブの林』1889年 ゴッホ美術館所蔵
-
『オリーブの林、オレンジ色の空』1889年 ヨーテボリ美術館所蔵
-
『丘の斜面のオリーブの林』1889年 ゴッホ美術館所蔵
-
『オリーブの林に囲まれた白いコテージ』1889年 個人蔵
-
『オリーブの林と背景に山のある風景』1889年 個人蔵
- ^ a b c “The Olive Trees”. ニューヨーク近代美術館公式サイト. 2023年6月15日閲覧。
- ^ a b c “Olive Trees”. スコットランド国立美術館公式サイト. 2023年6月15日閲覧。
- ^ a b “Olive Trees”. ネルソン・アトキンス美術館公式サイト. 2023年6月15日閲覧。
- ^ a b “Olive Trees, 1889”. ミネアポリス美術館公式サイト. 2023年6月15日閲覧。
- ^ Mancoff 1999, p.20.
- ^ a b c d e “The Olive Garden, 1889”. Collection. ナショナル・ギャラリー・オブ・アート (2011年). 2011年5月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年3月25日閲覧。
- ^ a b “Vincent van Gogh Teaching Program”. Education. ナショナル・ギャラリー・オブ・アート. 2012年10月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年3月26日閲覧。
- ^ a b Van Gogh; Suh 2006, p.294.
- ^ a b c d e f g h i j Leeuw 1996.
- ^ a b Wallace 1969, pp.12–15.
- ^ Edwards 1989, p.70.
- ^ Margolis Maurer, Naomi, 1998.
- ^ Edwards 1989, p.103.
- ^ Edwards 1989, p.113.
- ^ a b c SAS. “Europe 1700-1900”. The Metropolitan Museum of Art Bulletin (The Metropolitan Museum of Art and JSTOR): 46 2011年3月25日閲覧。.
- ^ a b c Nordenfalk 2006, p.177.
- ^ Silverman 2000, p.311.
- ^ Lubin 1996, pp.74–75.
- ^ a b Janson 1971, p.308.
- ^ Morton; Schmunk 2000, pp.177–178.
- ^ Erickson 1998, pp.82, 149.
- ^ Du Quesne-van Gogh 1913, p.16.
- ^ Jethani 2009.
- ^ “Olive Trees”. The Vincent van Gogh Gallery. 2023年6月15日閲覧。
- ^ a b Poore 1976, p.36.
- ^ “Women Picking Olives”. メトロポリタン美術館公式サイト. 2023年6月15日閲覧。
- ^ “Olijfgaard met twee plukkers, December 1889”. クレラー・ミュラー美術館公式サイト. 2023年6月15日閲覧。
- ^ Campbell, Matt (2017年11月6日). “For 128 years, bug stuck in Van Gogh's painting went unnoticed”. The Kansas City Star 2017年11月9日閲覧。
- ^ a b “Olive Grove, Saint-Rémy, 1889”. Collection. Gõteborg, Sweden: Göteborgs Museum of Art. 2011年3月25日閲覧。
- ^ “Olijfgaard, July 1889”. クレラー・ミュラー美術館公式サイト. 2023年6月15日閲覧。
- ^ Pickvance 1986, p.160.
- ^ Elkins 2004, p.134.
- ^ “Passeio ao crepúsculo, 1889-90”. サンパウロ美術館公式サイト. 2023年6月15日閲覧。
- オリーブの林のページへのリンク